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腫れあがった頬に冷たいハンカチが当たる。
ジンとした痛みに思わず眉を顰めれば、ハンカチを当てた本人はくすくすと面白そうに笑った。
「やられたらやり返さなきゃだめよ。そんなんじゃお父さんの跡なんて継げないよ」
ハンカチを受け取りながら視線を上げれば、ベンチの前にたった少女はその勝気そうな黄の瞳を笑みに細めた。
ショートカットのくせ毛ブロンドに、もうすぐ一六になる少女とは思えない男装姿。
同い年だが姉貴分の幼馴染は、自分よりもよほど好戦的で、盗賊一家の気風に合っていて、今日の様に『お前なんかには分不相応だ』と、同族の子供たちに裏でいじめを受ければ、毎回駆けつけて彼らを追い払ってくれるのも彼女だった。
「俺はそういうの好きじゃないんだ。苦手なんだよ、ルディ」
「そんなこといって」
自分の情けない言葉に少女は大げさに肩をすくめて見せる。
「本ばっかり読んでたら、今にエバンズ一家から追い出されちゃうんだから」
そういって、腰に手をあてた少女は自分の隣に腰掛ける。
「……世襲制だから、大丈夫だよ」
「あんたねえ……」
負け惜しみの様に小さく呟けば、呆れた顔で彼女はため息をついた。
エバンズ一家の大きな家の裏。光満ちたこの庭の、この小さなベンチで本を読むのがクリスの日課。そんな自分を毎日つつきに来るのは彼女の日課。
「そんなこと言ってると、私が名乗りをあげちゃうよ。今時世襲制なんて流行らないのよ。博識であることも大切だけど、一番必要なのは指導力!部下を導く力よ」
「君が長になるのなら、俺は参謀になる。その方が適材適所な気がするよ」
苦笑してそう言えば、ますます呆れたようにため息をついて彼女は肩を落とした。
「冗談だってば。だって私は」
視線を泳がせ言いよどむ。
次に続く言葉はもう知っていた。何度もこのやり取りをやっては何度も何度もこそばゆい想いをしている。
「だって私は、貴方の許嫁なんだからさ!」
だからあんたにはもっと頼れる奴になってもらわなきゃ。
眩い光の中でそう言って彼女は笑った。
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