第2章

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「…お母さん、あのさ。また剣道やってみようかなぁなんて思ってるんだけど。」 その日の夜、思いきって言ってみた。   わりと自然な口調で言ったつもりだったけど、内心どきどきしてお母さんの顔は見れなかった。 煮込んだカレーの匂いが部屋を満たすなか、親子ふたりで立つ狭い台所はその心臓の音が聞こえてしまいそうで、言ったすぐに背を向けて炊飯ジャーを勢いよくあけた。 ふたり分のご飯を皿によそい振り返ると、お母さんは案の定おたまを手に持ったまま驚いた顔をしてこっちを見ていた。 「…みーちゃん」 ……あ、やっぱり。 今さら、だよね。 中学にあがる前に自分からやめたいと言ってやめたんだ。 お父さんが大好きだった剣道を娘の私がすることをとても嬉しそうな顔で見ていたあの頃…。 がっかりさせてしまったのは自分だもんな…。 ちょっと見学をしてその気になってみたもののちゃんとやっていけるのか自信があるわけじゃないし。 やっぱやめっ… うわっ!  「みーちゃん、お母さん嬉しい!やりたいならやんなさい!お父さんもきっと喜ぶわ。」 持ったままのおたまからカレーのルーがボタボタと落ちる。 「ちょっと、お母さんっ…」 「あら、やだ!」 慌てて床を拭いたあと、私の手からするりとお皿を抜きとって、熱々のカレーを白いご飯の上にたっぷりのせた。 「なんだってね、やりたいときにやるのが一番いいのよ。」 そう言って、上機嫌に鼻歌交じりでもうひとつのお皿にもカレーを注く。
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