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温かな笑顔で、時には溢れる喜びの涙を向けられ感謝されるたび、マチューは過去に捕らわれた。
『マチュー・ロンシャン』という医者は本当は虚構の存在でしかないのだ。
存在を認められてはいるがそれは本当に彼自身の姿であり、賞賛であるのか?
時にはその得体の知れない圧力に耐えられず、身を滅ぼしかけた。
さらに思い出してみれば、私はまたしてもその時の彼を見ている。
眠れない夜を過ごし、薬や酒で酩酊し、まさしく死に片足を突っ込んだ事もあった。
――見事に立ち直ったものだナ。
「いや、けして誉められた物ではない。……私は結局、マチュー・ロンシャンではないんだ。グレゴワール・ブノワという殺し屋だ。思い出したよ。私はその報いを受け、死んだんだね」
――……アレが報いかどうかは知らんが、キミはキミに出来る事をしたまでだと思うゾ。
マチューは母親に連れられたある子供の患者を診た。
その子供はある先天的な問題を抱えていた事が判り、母親は絶望した。
マチューは母親を説得したが、その思いは功を成さなかった。
母親は病院を出たその足で、子供を抱え、車が飛び交う道路に飛び出したのである。
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