∽1∽ 医師と意思の会話

20/31
前へ
/48ページ
次へ
マチューは諦めたように私から視線を反らし、電灯が貼りついているだけの天井を見つめた。 何を思っているのかと問おうとして、それもやめた。 彼は『生きて』いて、彼の人生に私の出る幕はない。 その常識は後にまたしても覆される事になるのだが、それも別の話だ。 マチューはまず手足の指先から徐々に動かしていき、まず満足に動かせると判断した。 そっと両足を床に下ろす。 ふとサイドテーブルを見て目を見開いた。 所狭しと、実際に場所を持て余し追加で設置されたらしい長机の上には、沢山の花束や絵を添えられたメッセージカードが並べられていた。 花束は同僚から、絵やメッセージカードは患者の子供達やその家族から。 ――『早く良くなってね』。 端から端までを見回し、いくつかはそっと手に取った。 中にはマチューの似顔絵もあり、絵の彼は大きな笑顔を浮かべていた。 こんな風に笑うべきだと解っている。 それがマチュー・ロンシャンという男で、それが自分だ。 マチューは笑ってみた。 実際には弱く微笑んだだけで、苦しくて切なくて泣きたかった。 だが同時に嬉しくて、情けなくもあって、笑いたかった。 .
/48ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加