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「こ、これは……」
「ヘラの魔法……?」
聳え立つ氷が砕けると、中からフェンリルが優雅に歩み出て来る。そして、右手に握った氷を落とすと不気味に笑みを浮かべた。
「氷翠魔法、花弁壁……。綺麗でしょ? 私のためにあるような魔法ね」
「違うっ!」
黒い氣を感じたのは、フリンだけではなかった。その場を沈黙させるには十分な威圧感を纏っていたのはモリガンだった。首飾りが色を失い、黒ずんでいく。更に纏った甲冑の隙間から生えてくる黒い羽根。深い紅に染まった瞳を見れば、フリンの背中に冷たい汗が伝った。
「お前はヘラ様じゃない……」
「怪物女……、お前まさか」
大きく見開いた目がアテナの方を向けば、暴走したヒュームが吹き飛ばされていく。エロスの方を見れば、ミルカが力無く膝から崩れ落ちた。
「魔法を吸収した?」
「なるほど、クロノスが欲しがる器じゃの……」
夜の闇をも明るく感じされる黒い氣。負の力を纏うモリガンを前に、息苦しさを感じざる得ない。フリンと女禍の間を通り過ぎ、フェンリルと対峙したモリガンの腕が鳥の足のように硬化する。その右手には金色の剣が握られていた。
「短い期間だったけれど、ヘラ様は私に娘のように接してくれた……。有角族への罪の意識かもしれない。だけど嬉しかった、本当のお母さんみたいで」
浮き出る刺青。頬を伝う涙。フリンの思い出の中でもヘラは優しかった。モリガンの漆黒の羽根が開かれゆっくり宙へ浮く。その姿はあまりにも異様で息を飲まずにいられなかった。
「お前の魔法はヘラ様の魔法に劣る。ただ、真似してるに過ぎない模造品だ」
モリガンの言葉は淡々としていた。しかし、ヘラへの想いが滲み出ているよう。顔を歪ませたフェンリルが詠唱を始めるが、モリガンはそれを妨げようともしない。正面から受ける。背中がそう言っているようだった。
「氷翠魔法っ! 雹霞蓮華翔っ!」
小さな氷の粒がモリガンに向かって四方八方から飛んでいく。やがて、土煙が舞うと体を覆い尽くした姿でモリガンが現れると無傷のまま、その顔を見せてくれた。
「リアン、大丈夫か?!」
フリンの声に笑みを浮かべ頷く。暴走した姿でも、我を保てているのにフリンは安堵のため息を吐いた。
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