【一章】

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「何故、私の魔法が効かない?!」  余裕がなくなったフェンリルの表情が崩れる。それに対し、モリガンは無表情のままフェンリルを睨みつけていた。 「魔法? お前が見せたのは手品だろう? 魔法とはこう使うのだ……」  モリガンの口調が変わるのがわかり、フリンは目を見開く。いずれ、自我を失い、暴走しかねない。そんな気がしてならない。ゆっくりとした動作で左手を出し、指を鳴らす。ただ、それだけの行為。しかし、フェンリルがその場に崩れ落ちるとえずき、口から血を吐き出した。 「な、何なの……? 今のは?」  フリンがアルテミスより聞かされていた魔法の危険性と本質。それを目の当たりにし、驚きを隠せない。フェンリルの前に舞い降りたモリガンは何を考えたのか髪を掴み上げ、反対の手で平手打ちをした。何度も何度も、口や鼻から夥しい血が流れ、最早気を失っている。それなので顔を殴打する姿にフリンは頭が真っ白になっていた。 「よせっ! 怪物女っ! これ以上やれば死ぬぞっ!」  アテナの声にモリガンの手が止まり、フェンリルの髪から手を放す。しかし、アテナへ向けた視線にはもう理性は残っていなかった。 「寝ぼけているのか……? 私の家族はこいつらに殺されたのだ。お前の両親もだ」 「聞けっ! お前が我が母であるヘラへの気持ちは凄くありがたかった! だが、母様はこんな事望みはしないはずだ! 母様はお前がそんな姿をしないでも身を守れるようにと魔法を教えたのだっ! そうだろう?!」  アテナとモリガンの頬が赤い炎に照らされる。アテナに目も向けず、力無く倒れているフェンリルを見る。そして、両手で耳を塞ぐとフェンリルの腹部を足蹴にし始めた。 「聞こえない……、私には聞こえない……。聞こえるのは、助けてと言う声……。助けて? 私も助けて欲しいのに……。誰も助けてはくれなかった……」  蝋燭の小さな明かりを消すように、一気にガルデュークを覆っていた火が消えていく。小さく笑い声を上げ始めたモリガンは俯き加減に体を正面に向ける。顔を上げた瞬間、凄まじい圧迫感に襲われ、息をし辛くなる。敵と味方の判別が出来ず、無差別に殺戮を犯す。それがモリガンが起こす発作だった。
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