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「剣を抜けっ! 自分の命を死ぬ気で守れっ!」
女禍が声を荒げながら叫ぶ。それと同時にその細い体が吹き飛ばされていた。炭と化した木から上がる灰色の煙。魔法を使ったのか、飛び道具を使ったのかすら見えなかった。『魔族』と呼ばれた血を色濃くひいているのを否応なしに感じさせられる外見。あの愛らしい姿などなく、ただ不気味に笑い、その深紅の瞳で次の獲物を探しているようだった。
「リアンっ! 俺だっ! クー・フリンだっ!」
恐怖を和らげさえすればとフリンは考えた。少なからず、彼女と過ごした日々の思い出を持つ者として出来る唯一の事。元々、素直で純心なモリガンは心を黒く塗り潰してもどこか隅に自分を取り戻す術を持っていた。歩みを止め、フリンを見つめるモリガン。無表情の中に助けを求めているような気がする。このモリガンの皮を被った悪魔を追い出せる方法がないかとフリンは思考を巡らせた。
「リアン、覚えてるか?! エデンの時計台を。夕日に照らされる街並みをお前は目を輝かせて見ていた。朝市場に行った時、お前が野菜を見て言った言葉には驚いた。エデンではあれでも大きいのに、小さいって言った時。あの南瓜でさえ、お前の顔ぐらいあるのにガルデュークのは更に大きいらしいな?!」
モリガンと過ごした数日。主に遊びたがるモリガンに押されながらエデンを見て回った。子供のようにはしゃぎ笑う姿に胸が高鳴ったのを伝える事は出来なかった。
「リアン? 顔を上げろよ? お前の頭の上には光で溢れているから……。俯いてたら何も見えな」
耳を塞いでいた。
モリガンが両手で耳を塞ぎながら、口角が持ち上がるのがわかる。フェンリルとの再会と怨んでいた相手を苦しめる快感を忘れられないのか、また不気味な笑みを浮かべたのだった。
「クー・フリン様っ! 剣を抜いて下さい……っ!」
フリンの前に躍り出たアルテミスが苦しそうに咳き込む。その右手中指からはニーナと交戦した際の傷が癒えず、血が滴り落ちていた。純白の魔乘裝オリオンの袖口が赤く染まり始めていたのだ。
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