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「今の彼女に言葉は伝わらないでしょう。フェンリルを痛めつけた快感をもう一度味わいたい。弱かった自分が強きを叩きのめした快楽を味わってしまったのです。素の彼女の中にもそうしたいと言う気持ちがあったのだと思います……っ。だから、耳を塞いだ。彼女の中にある本能と呪術に閉じ込められた黒い感情が今、重なってしまった」
地面を歩いて来るのが足音でわかる。灰色の煙を背に、真っ直ぐフリン達を見据えていたのだ。
「止めるしかない、フリン。今は鬼になれ。でないと、死ぬぞ」
目の前にいるのは、闇を纏った魔物。戦場でも見る事はなかった異質の生物。綺麗事では済まされないのをフリンも自覚をしていた。立ち上がり、膝を叩き、灰を落とす。女体化した姿では何処まで闘えるかは未知数だがフリンは変わり果てたモリガンを見つめた。俯き加減に笑みを浮かべている。クロノスが見初めた『器』の意味が何となくわかってきた。
「行くぞっ! 怪物女っ! 電囲網螺っ!」
青い電流の線が格子状のドームを作る。今までとは比べ物にならない範囲まで広がっていく。そこら中で火花を散らしたが、モリガンは身動き一つ取らなかった。
「吸収されないのか?」
「あれはテナちゃんの体質だからね。魔法ではないよ」
フリンの隣に来たエロスの手には弓矢が持たれている。正確無比の矢が放たれれば、モリガンも只では済まないだろう。しかし、止める言葉をフリンは持ち合わせていなかった。
「畳みかけるぞっ! アルテミス……、お前……」
攻撃を仕掛けようとするが、一人アルテミスだけがその場でうずくまってしまっていた。右肩から左の骨盤にかけて血が滲んでいる。その血の量は尋常じゃなくなっていた。
「おいっ! 全員耳を塞げっ!」
四人が並び立つ背後からヘパイストスの声がする。咄嗟に塞いだ直後、凄まじい衝撃波と共にアテナの張った電気の網は消えてなくなってしまった。
「な、何だ? 今のは……?」
モリガンに与えられた呪術の一つ。それを今は意図して使える。たまたま今はヘパイストスの指示で鳴き声を聞かずに済んだが、直接食らってしまうと体が麻痺してしまうのだ。
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