【一章】

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「リアン、聞こえるか?」 「フリン……? 私……」 「よく頑張った……、頑張った」  頭を抱き寄せ、髪を撫でて上げる。すると、耳元ですすり泣く声が聞こえ始めた。抑えられない感情だったのだろう。モリガンを闇に突き落とした相手なだけに余計。体中を蠢く刺青を見て、フリンはより強く抱き寄せていた。 「フリンっ! 後ろっ!」  アテナの声で顔を上げた瞬間、ダガーを振り上げたフェンリルが目の前にいてモリガンの背中に向かって振り下ろし始めていた。その時間がやけに長く感じられ、咄嗟の事で体を動かす事が出来なかった。ただ、視界に入ったのはモリガンとフェンリルの間に割って入る影。鈍い音だった。戦場で何度も聞いた体を突き抜ける音。僅かな月明かりがそのモリガンの髪より淡い紫色の髪を照らしていた。 「メロディア……」  フリンの頬に生温かい血が付着する。力が抜け、膝から崩れ落ちたメロディア。何が起きたかわからないフリンの背後から駆け寄って来る足音。素早く後方に跳ぶフェンリルは闇に消えるようにいなくなった。 「大丈夫か?! 何で止めなかったんだ?!」  アテナがヘパイストスやロイズを怒鳴る。慌てふためくカウルや何とか治療をしようとするアルテミス。だが、フリンはただただ、その光景を見ている事しか出来なかった。やがて、アルテミスやアテナの言葉を遮るように手を上げるメロディア。力の入らない足を引き摺るようにフリンの方を向くと、力なく微笑みかける。その唇からは血が流れて、上瞼が今にも沈みそうだった。 「本当に……。クー・フリン様だったんだね……」 「メロディア……?」 「リアンに伝えて……? 貴女と過ごした日々は……、とても……。幸せだったって……。私の家族は皆、私より先に逝ってしまったけれど……。リアンには、私の妹であるリアンには幸せに……。幸せ……、に」  気を失っているモリガンの背中に縋るように凭れかかるメロディア。触れていた右手が力無く落ちる。何が起きたか理解出来ないフリンは、その頬に触れる。まだ温かい。まだ、生きてる。安堵の溜め息を吐こうとした時、アテナの手がメロディアの双眸を覆った。
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