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「黄昏てるのか、スカアハ」
踵を返せば、奇っ怪な姿と甲冑を纏うアシュタロテがいる。その姿は見る度変わるため、どれが本物の姿かわからないのだ。
「今度は誰の物真似なのだ」
アシュタロテの特性は見た者の姿形になれると言うもの。それに性別の縛りはなく、一度見た姿には何度でもなれるという。
「これが本来の姿だ。醜かろう? 鏡を見る度、嫌になる」
顔に手を翳すと、今度は見た事もないような顔になる。更に手を翳せば、アテナの顔に変わった。
「私から言わせれば、曲芸にしか見えんがな」
鼻で笑っても、アシュタロテは眉間に皺を寄せる事すらしない。むしろ、同感だと言わんばかりに笑みを零した。
「最強と呼ばれる騎士がいるとしよう。だが、最強とは何を持って最強と言うのかはわからない。何故なら弱い部分は外面にあらず、内面にあるからだ」
壁に背を預け、スカアハの返答を待つ。風に靡いた髪が元に戻ると、唇を弧に釣り上げ、アシュタロテは笑みを零した。
「心だ。不屈の精神などない。誰しも触れられたくない部分がある。愛、憎しみ、嫉妬……。神と呼ばれる者ですら、あのクロノスの圧倒的力に絶望した。当然、私にはそんな力はないがこの特異体質で中から壊す。それが私の強みだ」
実際、剣を交えた事はないため、アシュタロテは未知数。しかし、その言葉にスカアハも同感だった。誰もが抱える闇を引き出せば、か弱い光はかき消される。スカアハがそうであるように、他の神界人や亜人にも言える。心の強さなど目には見えない。目には見えないからこそ、庇いようがないのだ。
吹き抜けとなった回廊。海から吹きつける風に髪を揺らされるように、スカアハの心も揺れ続け、アシュタロテから目を逸らした。槍術や体術、呪術を会得しても心が弱ければ迷い、躊躇する。それが隙になり、相手に攻撃の機会を与えてしまう。振り返り、アシュタロテを探すがいつの間にか姿を消していた。強さとは何か聞こうと思ったが、このリンポス島に集まった輩は個性が強いため、集団を好まず、まして馴れ合いなどもない。互いにクロノスの描く夢と言う船に同乗しているだけな事をスカアハは気づいていた。
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