68人が本棚に入れています
本棚に追加
獣道の外れに朽ちかけた小屋がある。窓は割れ、ドアには獣が引っ掻いたような傷。足元は伸びきった草で足首まで隠れてしまう。その中を淡い光を放ちながら飛ぶ朧光虫。フリンは少しの間、それを眺めた後、小屋のドアに触れた。
ここで、衰弱していたモリガンを見つけ、闘った。あのおぞましい姿になる度、モリガンは人格を忘れていっている気がする。施された呪術は数え切れない。どんな効果があるかもわからない。上書きをし続けた落書きのようにも見えた。
白羅天を膝の下に滑らせ、腰をかける。思い出されるのは、闘技場で血塗れになり倒れた仲間の姿。血の匂いで頭が真っ白になりかけて、意識を失った。気づけば、メロディアの診療所に運ばれており、何とか一命を取り留めた連中と共に寝ていたのだった。
メロディアの懐かしい顔をまた涙で濡らしてしまっていた。見覚えのある顔が忙しそうに走り回る姿に事の重大さを思い知る。エデンを始めとする各国が陥落し、占領されたと聞く。『混沌』へのドアの前、フリンは怖じ気づいて足が震える思いでいた。前髪を右手で無造作に握る。双眸を固く閉じ、これからどうすればいいか、エレナの事、スカアハの事、考える事が混ざり合い、混乱し始めた。
「大丈夫か? 少女よ」
独特のハスキーボイスに驚き、顔を上げる。長い赤黒い髪を掻き上げ、金色の煙管をくわえる姿はやけに風格があった。
「ここは涼しくていいのぉ~、崑崙山は熱いからな」
身に着ける服や装飾品の大半が赤色や金色の派手な物ばかり。フリンの横を通り過ぎると、森の木々を眺めて、勢いよくフリンの横に腰をかけた。
「無事で何より。お前が黒朱雀を作りに来た時以来か」
崑崙山の高く、険しい山頂には『龍燐の女禍』が統治する国がある。但し、国と言うより村のように小さく、今回の奇襲に応戦はせず、逃避している途中、助けられた。女禍に国を捨てる決意をさせるほどの力をカーリーが持っている事を今更ながら知らされる。両肩を抱き、震えを抑えるように身を縮める。普段は抱かないような恐怖をフリンは感じていた。
最初のコメントを投稿しよう!