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テーブルの上の豪奢な花瓶、負けずに誇らしげな花達。 シャンデリアの灯りを受けて煌めくワイングラス。 パリの夜は、こうして今日も更けてゆく。 「何か弾いてくださいな、ショパン」 夫人が親しみを込めた笑みを浮かべながらショパンを見る。 彼女はこの夜会の主催者、つまりはこのサロンの女主人である。 頻繁に顔を合わせる親しい仲間に囲まれた夜会。 俺はすっかり気を抜いて、姿勢を崩して椅子に腰掛けながらワイングラスに口をつける。 安心感からか、いつもより酔うのが早い気がした。 唐突に向けられた言葉に、ショパンは背もたれに預けていた身体を起こす。 彼が手にしていたワイングラスの中身が、彼の心中を映すように大きく揺れた。 俺の比ではないにしろ、ショパンもいつもよりはワインが進んでいたようで、 いつもは青白い彼の頬は微かに色づいていた。 時折、少し眠たそうに目を伏せる様子と併せて、 扇情的な表情をしているのを何度か盗み見た。 それも、今しがたの夫人の発言でさっといつもの顔色に戻る。 「僕…ですか?」 「ショパンは君以外にいないだろ」 「ふふ、みんな貴方のピアノを聴きたがっているわ」 自分だと分かっているのだろうが、ショパンは無意識にサロンを見渡して、 結局は自らを指しながら首を傾げた。 ヒラーがそんな彼をからかうように口を挟む。 他人事のように言うヒラーも、俺とショパンと同業者だ。 「どうして僕なんです…?ヒラーだって…リストだって。」 常々、人前で演奏することに抵抗を感じているショパンは 駄々を捏ねる子供のようにヒラーと俺とを交互に見る。 申し合わせたように肩を竦めて視線を外す俺達に、 彼はムッとして少し粗い仕草で背もたれに身体を投げ出した。 そんなところが、意外に子供染みていて、またもや俺とヒラーは同時に笑う。 可愛い、と思ったのは恐らく俺だけではないのだろう。
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