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「……いい、曲だったよ」
「ありがとう…君がそう言うなら、自信を持っていいね」
的外れな言葉が口をついて出た。嘘ではないが、今話したいことではなかった。
返ってきたのは、控え目なショパンらしい、冗談ともつかぬ反応だ。
ショパンと俺の『関係』を確認出来るような、言葉を探して、選んで、口にするまでの過程を待っていられなかった。
演奏を終えた安心と、思い出したようなアルコールによる頬の微かな赤みに触れることしか、俺の頭には浮かばない。
乱暴に抱き締めてしまえばいいのに。
息も許さぬ口付けで、壊してしまえたらいいのに。
まっさらなショパンに、俺の爪痕を、深く、付けてしまいたかった。
「……リスト?」
黒い欲望に体が熱を持ち始めたのとほぼ同時に、頬にひやりとした感触が走った。
滅多にショパンから呼ばれることなどないことにも驚いて、俺は理性を取り戻して目の前のショパンを見下ろす。
俺よりも小さなショパンは首を上に傾けて、上目遣いでこちらを見ていた。
その白い手が、俺の頬をそっと包んでいる。
「……!」
ショパンに触れられたことで、俺の暴力的とも言える欲求は鎮火する。
俺は目を丸くして、思考が停止してしまったように、体も動かない。
「少し赤いよ。飲み過ぎたんじゃない?
君が顔に出るなんて、明日からせっせと言いふらさないとね。」
俺をからかっているつもりなのか、ふふっと笑ってそっと頬を撫でる。
人の気も知らないで、とは正にこのことだ。
しかし、腹を立てるどころか、俺はすっかり毒気を抜かれたように笑った。
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