第十話

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手を繋いでみたいと俺に言ったあいつは、 どんな顔をしていただろうか。 あの時は既に酔っぱらっていたと思う。 だが、映像は記憶に残っていた。 陽太は、絞り出すように単語を必死で並べて、 珍しく真っ赤な顔をしていた。 別に手を繋ぐくらいなんだ、と、 容易いことだと引き受けて、目一杯握った。 それが陽太にとって、容易い出来事では無いなんて想像もせずに。 何が正しくて、何がいけないのか 判らずして行動することは罪なのか? 法がそうは裁かなくても、 俺は過ちを犯した気がする。 「…俺は、酷い、んやろうか…」 独り言のように、思わず呟いた。 「…そのまま、相手に思わせぶりにし続けるなら、そうかもね。」 純平がカウンターの脇から、フロアに入って来た。 ゴツン、ゴツンとヒールが床を打つ。 ゆっくり、直ぐ目の前まで来て、俺を見下した。 そういえば純平は、背が高い少年だった。 あの頃は単に線の細い、ひょろながって感じやったけれど、 月日を経て、肉体的には大人の男に成長した彼は、 今やハイヒールを身に着け、威圧感すら覚えるサイズになっている。 いつも会う時は、カウンター席に座る俺と、 カウンターの中の純平の立ち位置だ。 こうも面と向かったことなど無かった。 でかい。 怖い。 「…思わせぶりなくらいなら、あの子にもう近付かんといて。」 「ま、待てや。」 「待たん。」 「だって、そんなん、どうしたらええんや」 目線を外したいが、拳を握り締めて耐える。 なんでや。どういうことや。 なんでお前まで、そんな泣きそうな顔で俺を見るんや、純平。 「あんたの、陽太君に対しての気持ち、白黒はっきりつけてみぃ。あんたにとって、あの子は何か。部下なんか、気の許せる友人なんか、それとも、悲しませたくない大切な子なんか。」 そう言うと、俺のコートの襟元を掴み上げ、 ごく至近距離まで引き寄せられ、詰め寄られた。 耳元にある口からは、 薄く、息を吸う音が鮮明に聞こえる。 息をのんで、何が起こるのか身構えた。 「…せやないと、あたしがあの子、奪ってまうよ?」 あくまで穏やかな、だが真剣な声で、 純平が囁く。 「ぐずぐず、してて、ええのん…?」 「…………、っあかん!」 「ほんなら行ってこーい!!!」 掴んだ胸倉を一気に突き放された。
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