第十話

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反動で後ろに倒れそうになったが、何歩かよろめいて踏ん張った。 心の中で「セーフ」と呟いて、 純平の言葉を反復したら俺は顔を上げた。 あれ、そういえば こいつ、さっき、何て言った? やや上から見下す彼の瞳はぎらぎらと光る。 獣の目や。 獲物を見つけ、だがすぐには飛びかからず、 草むらからじっと様子を伺っている。 一番ベストなタイミングで、叶うのならば一瞬で、 その命を奪えるように。 方程式がきちんと組み上がるまで時間がかかった。 何故ならば、俺の知る純平は女性よりも女性らしいもんで、 てっきり「抱かれる側」として男を求めていると思っていたのだ。 いや、ならば正しいのか? 男を求めているには違いない。 つまり陽太に抱かれたいってことやろ? うん、おかしくナイナイ。 …あれ? 「…えぇ…?」 「何や。ええんか?あたしが、追いかけて」 「追い、かけて…」 「泣いてるあの子を抱き締めて」 「……ん?」 「慰めて、優しく、手に入れて、あたしだけのものにしても。」 違う。 これはつまり、ちょっと違う。 陽太が? 純平に? そうや、2人ともゲイなんやったら丁度ええんとちゃうか アカンことないんちゃうか? 一歩、後ずさり、 手だけを扉に伸ばす。 俺と過ごした時間より、 もっと沢山を純平と過ごしているだろう。 俺にあいつの何が判ってやれてるのか。 責められたならばきっと答えることは難しい。 どうしてだろう。 いい年になったし、色んな事を理解できる筈なのに、 陽太を誰かのものにしたくないこの気持ちに、理由が付けられない。 「…はよ行かんかい!!!」 純平の最後の一声は、怒声にも近かった。 「い、行くよ!うっさいな!」 「うるさい!あほ!走れ!」 叫びながらも、徐々に呆れた笑顔に変わっていく。 俺はようやく店を飛び出した。 純平、あほはお前や。 揺するだけ俺を揺すって、 結局お前はその場から動きもせず、俺をけしかけるだけ。 街を逆走する。 素面で居るのは初めてかもしれない。 この街はこんなにも光で溢れて、眩しかったのか。 方々から聞こえる会話が騒音になり、 浮かれたBGMが人々の足並みを緩やかにする。 携帯を出して、発信履歴の一番上をまた選んだ。 コール音が繰り返されるのを聞きながら走った。 10コール目くらいで、電話は繋がった。
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