最終話

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いくら季節が移ろうが、 無機質な街は殆ど表情を変えない。 道路脇に申し訳程度に植えられた木々が、少しずつ蕾を育み、 風に身を震わせることも少なくなった気がする。 多くの人々が行き交う街。 それぞれが、各々の物語に生きて、 鬱蒼とする会話の音が溢れかえる。 夜は尚更だ。 昼間抑圧されていた人々はここぞとばかりに大騒ぎする。 だから不協和音は止まない。 いつも通りのネオンと、 いつも通りのけばけばしい人種。 そしていつも変わらない、ルチルの灯火。 ジュリアは毛皮を脱ぎ、薄いストールを身に纏うようになった。 まだ暖房こそついてはいるが、外気との差もそこまではなく、過ごしやすい。 平日の夜は、ちらほらと客が見え、 週末は満席になることもある。 忙しい街だからこそ、穏やかな日が俺は好きや。 だからやっぱり平日の夜をめがけて、ルチルに足を運んだ。 「さて、今日はどないしましょ」 「それ、最早バーで聞かれる台詞ちゃうやろ。定食屋やん。」 「あら。どんなニーズにも応えるのがモットーやからね。」 小首を傾げるジュリアは今日も美しい。 俺はビールと、乾きもんだけを頼んだ。 「晩御飯食べてきたん?」 「いや、多分この後…」 「…まー君と食べる?」 「…んまぁ、そういう感じで…」 自分で言うとまだどうも照れくささが抜けない。 言葉をわざわざ濁そうが、彼女にはお見通しだ。 「はいはいほんなら、ちょこっとでええな。」 「…すんません…」 一瞬薄目で見られたのがぞくりとしたが、 すぐにいつも通りの表情になりビールサーバーに手をかけた。 「まー君はまだ仕事なん?」 「そー。今日リーダー会議とかでこっちの方の事務所来てるねんて。」 「それ待ってるのん?」 「いや、待ってるというか、…こういうタイミング狙ってしか、来られへんというか…」 出されたビールを少し掲げて、一気に飲み込む。 美味い。 もうビールはここでしか飲みたくないくらい美味い。 冬のある夜、 塚口さんと奇跡的に付き合うことになって早3ヶ月。 お互いが、きっと初めてちゃんと人を好きになって付き合うことになった。 それはそれは、地に足もつかない程に浮かれた日々の幕開けだ。 だがそれは初めの一瞬だけだ。 俺は徐々にあの人の本性をこじ開けることになったようなのだ。
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