最終話

6/8
1147人が本棚に入れています
本棚に追加
/115ページ
塚口さんに酒を止めろ、俺を抱け、なんて口が裂けても言えない。 それに言いたくはない。 確かに、酔ったあんたはとても面倒くさい。 だけど、あんたが酔っ払ってこの店に来て、俺と出会い、 俺が連れ帰らなあかんくらいどうしょうもない人やった始まりがあるから、 今こうなっている。 俺達の思い出には、一緒に酒を飲んだということが多い。 きっと今後もそうだろうし、 そうであってほしいよ。 俺だけにふにゃふにゃのあんたを見せてくれたらええのに。 ホロ酔いの塚口さんがベッドに入ってきて、 俺のそこらじゅうがぶがぶ楽しそうに噛んで、そのまま寝てることとか、 いつもパリッとしてるのが、髪も表情も弛みきっちゃうところとか、 好き過ぎてどうしてくれようか。 思い返して、にやけてきた。 まだ顔は上げられない。 俺が落ち込んでいると思ったのか、ジュリアは大きな手で頭を撫でてくれた。 このままでいよう。 目を閉じた瞬間、店の扉が開く音がして、 上からジュリアの「えっ」という声が聞こえる。 「…じゅ、ちゃう、ジュリアこらあああああ!!!」 突然の怒声に身体が飛び跳ねた。 「お、おい、お前、何してんねん」 「まー君いらっしゃーい」 「えっ、塚口さん何で」 待ち合わせの予定は此処じゃなかった。 俺の問いかけは届いていないのか、一直線にカウンターまで駆けてジュリアに詰め寄る。 「お前、陽太になんかしたんか!?」 「してへんよぅ怖いなー」 「今頭掴んどったやろ!」 「よしよし慰めてたんやーん。あんたのせいで可哀想に」 あまり会話が成立していない。 今度は俺の方を睨んで、「陽太!なんもされてへんか!?」と叫ぶから、 「逆に俺は何をされるんすか」と言うと、大きなため息をつかれた。 「いやいや、それより塚口さん、何で此処に」 「せや、そもそも何でお前此処に居んねん」 「あ、もしや俺と会うまでに一杯ひっかけて行こうとしました?」 「……まぁ、そうやとして」 「そうなんかい!ずるいわ自分だけー!俺には行くな言うて!」 「お前と俺とは状況が違うんじゃい!」 「何の話やねん!!」 言い合う俺達を前にして、 ジュリアは聖母のように安らかな笑みを浮かべ、 「…あんたらもう、勝手にしたらええ。」 と吐き捨てた。
/115ページ

最初のコメントを投稿しよう!