最終話

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塚口さんは仕事終りにそのまま来たようで、 まだ見た目にはパリッとしている。 だが表情は仕事中のそれじゃない。 「あーもー、んで、飲んで行くんすか?」 「いや…ええ、帰る…心臓に悪い。」 「はぁ?」 「おいジュリア。」 呼び名もようやく覚えたようだ。 塚口さんの声に、既に会計をし始めていたジュリアが顔を上げた。 「ん?」 「ちゃんと、お前に言ってなかったけどな、」 「うん?」 「こいつ、俺のんやから、…手ぇ出すなよ。」 「…うん。知ってる。…ほんなら、早よ手ぇ出せよ。」 「…………はい。」 「さー、陽太君、ヘタレがYes言うたで。早よ帰って手ぇ出さしたりー」 俺はこの大人達の会話を横で静かに眺めて、一人で赤面していた。 両手で顔を隠して、塚口さんのケツを蹴ってやる。 どんな話しながら帰れ言うねん。 「喧嘩したらいつでもおいでやー。抱いてあげるからー。」 手を振りながらそう叫ぶジュリアを、最後まで塚口さんは睨んでいた。 前までは親密そうだったが、喧嘩でもしたのだろうか。 俺は是非ともまたお悩み相談場として今後も活用したいところなんだが。 店を後にして、少し歩いた先で振り返った。 窓からの明かりが、暗い街をほのかにオレンジ色に染めている。 「あの店がなかったら、俺らこんなことになりませんでしたよ。」 帰り道、俺は塚口さんに言った。 「そんな店に、貢献せんとどうするんですか。」 「そう言われてもなぁ…なぁ?」 「有難いっすけど、心配しすぎっす。」 「うううううん」 「俺がどんだけあんたのこと好きで大変か、言うたでしょ?」 「…うん。へへ。」 ちょろい。 このおっさん、ちょろいで。 「陽太。」 「ん?」 「でも俺も大変やねんで。おんなじ意味で。」 先程ジュリアに撫でられていた髪を、 ぶすくれた顔で荒々しく掻き雑ぜられた。 「はぁ、じゃあ、腹括ろか。」 「そっすね。」 あかん、倍返しにされた気がする。 手を伸ばして、後ろから塚口さんの髪をぐしゃぐしゃにしてやった。 「うわ、おい」とか言っているけど気にしない。 振り向いたあんたは、俺のよく知るどうしょうもない姿になる。 「なんやねん」 「えー?なんか上司っぽく見えるから」 「上司じゃ。」 「えー?こっちの方がいいっす」 「まじか。」
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