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さっきまで居たくたびれたサラリーマンが使っていたグラスを、バラ柄のクロスで丁寧に拭き、棚に並べる。
一つ一つの動作が、美しい。
いや、全体的にはごついお兄さんの筈なのに、洗練されているというか、
こういう仕草だけでも、男はグッと来るんだろうな。
実際この店の常連の殆どは、ジュリアのファンだから。
「…なぁジュリアさん、」
「なぁにー?」
「やっぱりさぁ、そういう風にしてたら、モテる?」
「…んー、こういうのが好きな人には?」
可愛らしく小首を傾げて笑う。
あかん、完全に男やのに、可愛いぞこの人。
「陽太君が男の人と付き合いたいから言うて、女装してこういう仕草して引っかかる男がえぇわけともちゃうやろ?」
「せやんなぁ~…」
熱くなってきた頬に、ビールグラスを当てて冷ます。
酒に弱いわけじゃないが、多少顔が赤くはなる。
ただでさえ暑くなってきたってのに。
カウンターに片頬をぺったりつけるようにして倒れると、
これが結構気持ち良い。
ジュリアは俺が酔っぱらったのかと声を掛けてきたが、
違う、ちょっとヒンヤリが欲しいだけ。
10時半を回った頃だ、
扉が開いて、その動きでベルが鳴る。
俺は突っ伏したまま眼だけ入口を向いた。
「あら、まー君、いらっしゃい。」
弾んだ声を掛けられている、常連か。
何て考えていて、来客の顔に焦点を合わせていると、
居るはずのない人間に、俺は飛び起きた。
「…つ、塚口リーダー?」
「…あれ、林?」
30過ぎの、スーツを着た男。
俺は良く知っている、
というか殆ど毎朝顔を合わせる。
同じ営業所の、チームリーダーだ。
ただいつもとは違って、
明らかに顔を真っ赤にして、酔っぱらっている顔をしている。
「あら、まー君と陽太君、知り合いなん?」
「まー君!!??」
いつもクールで仕事もできて背も高くて人望のあるチームリーダーが、
ドラァグクイーン寸前の店長から「まー君」呼ばわりだと。
俺は完全に混乱している。
だって良く考えろ、
この店だぞ?
この街だぞ?
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