第一話

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塚口さんと言えば、若くしてリーダーになった、出世街道まっしぐらのどう見ても仕事のできる男だ。 背も高いから佇まいも凛としていて、 顔も、ノーマルな同性から見ても、男前の部類。 仕事ができると、付き合いも増える。 つまり飲みの席も、俺のような平に比べて多く、激しいに違いない。 「…あの、これ、起きるんですか?」 上司を指で差しながら、カウンターの中のジュリアを見上げた。 「さぁどうやろなぁ。今日くらいまで飲んでたら、…難しいかも。」 「って、そしたらどうするんですか!」 「ん~、大体はうち連れて帰るか、朝まであたしもここに居って、起こして会社行かすか、やな。」 「………!!!」 それは、どうなん。 人として、大人として、どうなん。 同級生で信頼が置ける人間かもしれないが、 ジュリアだってどう考えても男を喰う側だし(喰われると言った方が良いかもしれないが)、こんな場所で寝こけていて上手いことお持ち帰り?連行?拉致?される可能性だって無きにしも非ず。 それってどうなん塚口リーダー。 無防備にも程があるでしょ。 良く考えろ俺、 明日は金曜日、勿論仕事だ。 時刻は間もなく午後11時。 俺もこの人も、行動パターンに大差はないはずなので、朝8時には家を出たい。 この人の家も、事務所からそう遠くは無いはずだ。 つまり俺の家からもそう遠くは無いはずだ。 こんな無法地帯に放置して帰るよりも、 安全な策が、無いわけではない。 携帯の画面を見た。 電車はまだある、が、 自分よりでかい男を担いで何十分も移動することは、きっと過酷だ。 何よりこんな姿の上司を、誰にも見せる訳にはいかない。 あぁ俺って、良い奴だなぁ しみじみと天を仰ぎながら思う。 ここで言う良い奴というのは、「お人好しは馬鹿を見る」って意味だ。 「…ジュリアさん、」 「はぁい?」 「ほんなら俺、リーダー連れて帰りますわ。タクシー呼んでもらえます?」 出されたビールを横から頂戴する。 手間賃だ。これで勘弁しといて差し上げよう。 彼女は目をまん丸くさせて、一拍置いてから「わかった。」と言った。
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