第一話

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顔見知りの人間を放置などできるものか。 ここへ来て俺の良心が火を噴く。 5分もせぬうちにタクシーは店の前まで来て、ジュリアの肩も借りながら塚口さんを車内へ放り込んだ。 次いで隣に俺が乗る。 会計は塚口さんの分も俺が済ませた。 まービールの一杯くらい痛くもないし、 今度なんか飯でも奢ってもらう口実になるんじゃないの。 ジュリアも店先まで、ストールを羽織って出てきてくれた。 「ごめんなぁ、まー君、宜しくね。」 「おう、ええよええよ。また来ます。ごちそうさま。」 窓から手を振ると、振り返してくれる。 この下品な明かりの街の、唯一の天国と、女神だ。 タクシーが動き出すとほぼ同時にルチルに入っていく客が見えて、 ジュリアも急いで店内へと戻っていった。 見届けて、やっと車内を見る。 俺と反対側の窓に、もたれたまま寝ている上司。 寝息は安らかで、でも真っ赤な顔はそのままだ。 頑張ってるなぁ 他人事のようにそう思う。 同じ職種で、こうも負担が違ってくるもんなんだな、とか それは年数だけでは埋められない溝なんだろうなとか、 綺麗な横顔を見ながら考えていた。 街の通りは人で溢れかえっているから車は歩行者を優先しながらゆったりと進んで、 大通りに出たところでやっと加速を始める。 そうするとネオンがびゅんびゅんと窓の横を通り過ぎていく。 電車から見る景色と、同じはずなのに、違う。 そうか、地上から見上げているから、 目の前が全部明るいのか。 きらきら光る、下品に光る。 人は何故こんな、作り物の光に集まるんだろう。 …自分だって同じか。 こんな光しか知らないし、拠り所にできひんねや。 俺も目を閉じた。 4杯くらい飲んだからそれなりにアルコールは回っている。 喋り相手も居ないことだし、少し眠ろう。 1時間もしないうちに家に着く。 しかし目を閉じてもまだ目蓋が、明かりを記憶しているのか、 はたまた慣れない人の温度が空気を伝って俺を刺激しているのか、 結局あまり眠れないままに、 明かりの少ない俺の住む街へと車は辿り着いた。
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