第八話

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渡ろうとしていた横断歩道とは逆方向に、 また街の中へと進んでいく。 「ちょ、ちょ、え?塚口さん?」 「あぁ?」 「何処行くんすか!!」 人だかりをかき分けて歩く。 今まで野次馬が如く俺達の様子を傍観していた人々は、 何も言わずにさっと道を作ってくれた。 「何処って、戻るんや。」 「戻るって…」 「純平んとこ。飛び出して来てしもうたから」 「はぁ!?」 一瞬振り返り俺の眼を見て塚口さんは強めに言う。 冗談じゃない。 いくら空気の読めるジュリアといえど、 俺の話の後、飛び出していった2人が仲良く揃って戻って来られては、営業妨害も甚だしいだろう。 「い、嫌っす!どの面下げて…」 「どの面もクソもないやろー。問題無い。」 ずんずんと大股で歩くので、 あんたに引き摺られる俺は早足になる。 俺の手首を掴む塚口さんの大きな手が、 じんわりと熱を伝えてくるのが、もどかしい。 そうじゃない。 さっき、この人何て言った? 俺のことを、聞き違いじゃなければ好きと言った。 でも、好きって言っても色んな好きがあるだろうが。 「…待ってくださいってば!!」 「落ち着けよー」 「落ち着いてられるかあああ!!」 掴まれた腕をグイとこちらに引いて、地面に踏ん張った。 やっと足を止めてくれた塚口さんが、難しい顔をしている。 「…何?」 「いや何も、そんな、…あの、やっぱり判ってませんよね?」 「何が?」 「俺の好きと、…その、塚口さんの好きやと、やっぱり、ちゃうんじゃないかと」 「ちゃうこと、ないて。」 「…よく、考えました?俺男っすよ?!」 俺はあほや。 折角、勘違いでもしていれば、両想いだワーイって浮かれることもできるのに、 几帳面にも程がある。 こうして疑心暗鬼をぶつければ、 もしかしたら道を踏み外しそうな塚口さんを救えるとでも思うのか? 俺だけが息を荒くして、 塚口さんはまたため息をついている。 呆れたか、 愛をこじらせ続けて20数年を、舐めんなよ。 「…知ってるよ、そんなこと。」 塚口さんがくしゃっと笑って、もう一度強く俺の腕を握る。 「ほんなら、ホテル行くぞ。」 「え?」 真っすぐ行けばルチルに着く。 けれど俺達は90度に曲がり、歓楽街の奥に佇むホテル街へと進路を変更した。 もう此処から先、俺は一言も発せなかった。
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