第九話

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この日になって初めて、俺はこの街の特異性を知らされた気がする。 男同士が論争していようが、 手をとり歩いていようが、 人々はその光景を異質だとは思わず、 「あぁまぁ、あるよねー」 程度に流してくれるのだった。 塚口さんが俺の腕を掴んで引き摺り、 そのまま街の奥のホテル街へ辿り着いた。 初めて足を踏み入れる世界に右左と目を奪われた。 「何処にする?」 「どっどどどど、何処もなにも」 「判らんわなぁ。ごめんごめん」 いつものトーンで、可笑しそうにあんたは笑う。 俺の緊張っぷりが笑われたようで、気恥ずかしい。 「何処でも変わらんわな。」 独り言のようにそう呟いて、あるホテルの中に進んで行った。 間接照明をふんだんに使用した門構え。 入ると今度はパネルにいくつも部屋の写真があって、 大きなベッドの写真を見てまず、ドキリと強めに心臓がうずく。 まだこの状況を理解しきれない。 人差指でそれぞれのパネルを指して、どれにしようかリズミカルに選んでいる。 何故こんなに余裕なのだ。 何か腹立ってきた。悔しい。 鍵を手に取ると今度はエレベーターへと乗り込むが、 さっきから俺は手を引かれるままで、 塚口さんの顔がずっと見れないでいる。 振り向いて欲しい。 あんたの顔が見たいのに。 今、どんな顔して、 この先の展開に臨んでいるのだろうか。 無言のまま、扉が開いて、また廊下を進む。 そう時間は経っていないのに、沈黙が辛い。 「…あの、」 「ん?」 鍵を差し込んだところで、つい声が出た。 やっと振り向いて俺と塚口さんの目が合う。 「あぁ、えっと、マジすか?」 「何が?」 「いや、…俺なんかと、こんなとこ、来て」 「うん?」 ガチャリと、重たい音がした。 そして扉はゆっくりと開けられる。 「ほんまに、変な感じやわなぁ」 笑いながら、塚口さんの指が、俺の掌に添えられた。 交互に差し込まれ、優しく握りしめる。 「…ほれ、中、入り。」 「……はい…」 2回目だ。 俺とあんたとが手を繋ぐのは。 1回目は俺が頼んで、握ってもらった。 今はあんたが俺を導くために、掴んで離さない。
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