第九話

3/11
前へ
/115ページ
次へ
人生初めてのこの場所に、 俺が抱いた感想は、「案外普通なんだな」というものだった。 大きめのベッドと、テレビと、あとはソファがあるけれど、 想像していたのはもっとゴテゴテした装飾のものだったので、 まだ居心地が悪くなることは無い。 しかしそれよりも引っかかるのは、 余裕そうな塚口さんだ。 「なんで、そんな、普通なんすか。」 「えぇ?…そらまぁ、別に初めてではないしなぁ…」 「…あぁ、そうっすよね…」 今まで普通の男としての人生を歩いていた訳だ。 女性とも付き合ったことがある三十路越えの男で、 ホテルに来たことが無い方が少数派なのかもしれない。 そう思うと納得してしまうが、 どうもさっきから俺だけ緊張しているようなのが辛い。 ベッドを目の前にして、足が動かなくなった。 理解がついて来ない。 今までそんな素振り無かった人が、 俺の告白を受けて、何故か受け止めてくれて、 数分後の状況が、コレでいいのか!? いやそこは喜んでおくべきか。 いややっぱ、何か罠があるんじゃないか。 パニックだ。 顔が熱くなって、変な汗が滲んでくる。 助けてくれ俺はこのシチュエーションを処理できない。 思考回路が顔面にも出てたのか、 塚口さんが俺の元に戻って来て、顔を覗き込む。 「…陽太?」 目の前にある、あんたの目。 俺だけを真っすぐ見てくれている。 声が出ない俺は、縋りつくように塚口さんの両腕を握りしめて、 何かを懇願しようとした。 「どした?」 「……っ、やっぱ、その」 「止めとく?」 「止め、たい、訳じゃ、ないん、ですが」 「ははっ、そっか。…ちょい、立ちっぱもアレやから」 俺が握りしめてるのに、 自由なままの塚口さんの掌が俺の腰辺りを掴んで、そのままベッドの方まですすすーと移動される。もうなすがままだ。 座らされると、スプリングが音を立てて、ゆっくり沈み込むので力が抜ける。 「お前なぁ、」 「はい…」 「俺の態度がよぉ判らんと喚いた後に、俺が此処まで連れて来たらビビるんか?」 「……すんません…」 横に座った塚口さんが、いつもより険しい目つきで睨んでくる。 仰る通りだ。 無茶苦茶なのは俺だ。 こりゃ、完全に呆れられたか。 俺が泣きそうになったところで、真面目な目つきが解かれていつもの笑顔になる。 あんたも無茶苦茶や。
/115ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1150人が本棚に入れています
本棚に追加