第九話

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塚口さんの掌が俺の肩に添えられる。 瞬きもできず、じっとするしかなかった。 ゆっくりゆっくり、上体をかがめて、 次の口付けは緩やかに始まった。 呼吸の仕方が思い出せない。 半開きにした口から必死に吸って吐いてを繰り返していたのも、 塚口さんの唇が重なって、行き場を失う。 「…陽太、舌、出してみ。」 「っはっ、え?」 「べーって。」 離されて、とりあえず勢いよく酸素を取り込んだ。 そして為すがままな俺は、素直に少し舌を出す。 なんや可笑しそうに笑われる。 俺は何か間違えたのか。 舌を出したまま「え?」って問うが、 嬉しそうな笑顔のまま、再び距離は狭まる。 今度は唇は触れあわない。 代わりにやって来たのはあんたの熱い舌。 俺の舌に絡めて、滑るように口内に侵入してくる。 挑発するように歯列をなぞり、 吸い上げられて、上唇を甘噛みされた。 ほんの数秒、こんな少しの部分が触れるだけで、 溶け合って飲み込まれてしまうんじゃないかという程の衝撃。 折角吸い込んだ酸素も、魂も、 色々もやもやしとった気持ちとかも全部、 ぐちゃぐちゃに丸めこんで、飲まれた。 知らない間に息は上がっている。 知らない間に塚口さんの服を握りしめている。 俺の髪を梳きながら、頭を抱え込むようにして、また上から覆い被される。 音を立てて啄ばむ様なキスをして、 そのまま頬へ、目尻へと唇がうろうろする。 不思議だ。 ただ、肌と肌が触れているだけのはずやのに、 ほんの僅かに吸い上げられる感触が俺の胸を締め付ける。 その度に息が詰まって、何かが何処かで弾け飛びそう。 「っうぁ」 耳の付け根を吸われた瞬間、声が漏れた。 咄嗟に手で口を塞ぐが、 塚口さんは身を起してそんな俺を不思議そうに見つめた。 「…何してん」 「う、…変な声出た、から」 「別に変ちゃうよ。」 穏やかな声。 こんな落ち着いた声を聞くことは、滅多に無い。 部屋が静かやから余計に気にしてしまうのか、 少し枯れた低い声だ。 口にあてた俺の手を取り、 がぶりと噛みつかれた。 あまりにも突飛な行動に、流石に俺も笑ってしまう。 「何すか」 「え?お前めっちゃ緊張してるもん、うつるわ。」 「うつってるんすか?」 「うん。」 掴んだままの手を、塚口さんの胸に当てられた。 確かに結構な鼓動が伝わってきた。
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