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初耳だ。 まったくもって初耳だった。 「この薄情者」 さくっと言われて、さすがに胸が痛む。 俊紀とは入学から五年、一般教養の最初の講義で席が隣になった事からずっと一緒だった。 それなのに、そんな事も知らなかったとは。 「えーと……ちなみにご実家はどちらで」 「銀座で羊羹屋やってるよ」 「えっ」 銀座で羊羹。 と、言えば、あの有名店しかない。 「えっ」 陽良はもう一度繰り返した。 と、言うことは俊紀は、つまり老舗のボンボンなのではないか。 「随分カテゴリが違うと思うんだけど、何で機械工学なんかに?」 「なんか、っちゃあねーだろ。俺は三男だもん」 家は一番上の兄貴がもう修行してるし。 ちぃ兄も営業って事で入社してるし。 「だから俺は好きな事してていーの」 「へえ……」 何てこった。 本当にボンボンだった。 「でもやっぱり口って馴れだよな。食いつける、っつーの?ケーキとかクッキーとかも嫌いじゃねーんだけど、食いつけねえんだよなあ」 ジュースも何か甘ったるいし。 だから結局お茶が一番ってゆーか。 「だから俺、和泉にはよく行くんだよな」 「一人で?」 「一人で」 あそこは実は、女の子少ねーんだ。 じっちゃんばっちゃんが客の殆どだから、結構気楽。 そう笑って、友人は石畳の上をとろとろと歩く。 「ほんっと、初めて冷たい緑茶を飲んだ時は感動したね!こんな旨いモンが、この世界にはあるもんかと」 「大袈裟だなあ」 冷たい緑茶なんか、どこにでもあるだろ? それ、何歳の時の話だよ。 笑いながら陽良もそう返すと、何故か俊紀はげほっ、と喉を詰まらせるように噎せた。 「どうしたの」 「いやー。唾が。変な所に入った」 「そう?」
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