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波の音は、先程の生ぬるい風よりも心地良く響いていた。
繰り返される水の共鳴が耳に心地良い。
不思議と目を閉じて、聞き入っている自分がいる。
ふと気づけば、博之はサンダルを脱いで、足だけ水に浸かっていた。
「やべっ、砂の感じ、気持ちいいわ。」
童心に返った子供のような笑顔。
その顔を見て、三月のことを思い出した。
国立一本に絞り、彼は、一生懸命自分を追い込んでいた。
でも、結果は努力を裏切った。
『ダメだったわ、やっぱ……』
そう言って苦笑いした博之に、俺も宇田ヤンも、どう言ってやればよいか分からなかった。
泣きたくなったかもしれない。
悔しさから、叫びたかったかもしれない。
でも博之は、いつもの博之でいようとしていた。
笑ってはいるけれど、全然笑えていない。
まさに、“作り笑顔”そのもの。
その時の表情と比べれば、今見せてくれた笑顔は安心できるものだった。
「あれ?宇田ヤンは?」
気づくと、サンダルを履き直した博之が目の前にいた。
足首まで、びっしょりと濡れていて、少し、砂がついている。
「あれ?そ~いやいね~な…」
「……まさか、波にのまれた?」
「……」
「……」
「……いや、ないない!んだってあいつ、中学では水泳部だし。第一、ここは潮の流れはすっげぇ緩やかなはずだぜ?」
「……じゃあどこに……って、あれ?いた…」
ふと振り向く。
車を停めた丘の上から、ダラダラとこちらに向かっている。
「なんか手に持ってんぞ?」
「あれって……バケツ?」
片手に青いそれと、なにやらコンビニの袋を持ってきた宇田ヤン。
「何それ…」
「これ?いや~、夏といえば、ってことで、二人とも忘れてね?花火だよ、花火!」
意気揚々と笑って、彼は、大量の花火を袋から出し、砂浜の上に広げてみせた。
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