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桜が咲いた。
気づかぬうちに、冬の空気は春に移っていたらしい。
淡いピンクの花びらに、ひとひらの記憶を辿る。
その先には、やはり、葉月がいる。
あの頃。
そう、あの頃は、葉月がいるのが当たり前だった。
空気のようで、水のようで…でも、しっかりと、『葉月』として、実体はあった。
僕は、それを確かめたくて、いつも彼女をしっかりと抱きしめる。
『秀人、痛いよ』
と、葉月の声。
でも、僕は知っている。
口で言うほど痛くもないこと。
むしろ、僕を感じて、喜んでくれていること。
彼女はいつも、優しい笑顔だった。
屈託もなく、その視線は、いつも僕に向けられていた。
そう、まるで、この桜の花びらのよう。
淡く、儚いピンク色。
僕とキスをする時は、いつも、顔をそうやって赤らめていた。
…
思い出せば切りがない。
たくさんの時間の中に、いくつの笑顔を向けてくれただろう。
『ずっと、一緒にいようね。』
交わした約束。
向かい合って、笑ったあの時。
でも、もう葉月はここにはいない。
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