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私は、何も知らなかった。
今、こうして胸の奥にある痛みとか、それが、どれだけ愛おしいか。
くすぐったくて、でも、時々どうしようもなく、寂しくなるか、とか。
平々凡々と生きてきた、16年と、1ヶ月。
それまでは、“恋”を知らない私……
「小坂ぁ~、小坂里穂~……なんだ、珍しいな。おい、誰か小坂から連絡貰ってる奴いるか~?お~い。誰か……」
…
……
“きれいな”人だった。
低くて、渋い声。
かったるそうでいて、でも、ピンと伸びた背筋。
真っ白な白衣。
チョークを握る、細く、繊細そうな指先。
何もかもが、眩しく見えた。
彼のことなど何も知らなかったけれど、何でも知っているような気がした。
あの瞬間。
あの目で…真っすぐ見据えられて名前を呼ばれたあの瞬間から、私は何も見えなくなった。
「小坂。なんだこれは。」
「……書いた通りです。」
「…なんのつもりだ?」
「だから、書いた通りです。」
「……」
「……」
「……」
「せんせぇ?」
「……なんだ?」
「せんせぇ、チワワに似てるね。」
……
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