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追試をサボろうとした目の前に、先生が立っていた。
腕を組んで、何もかもを見透かしたような表情をして。
わざと、驚いたフリをした。
すると、彼はその表情を変えずに、私との距離を縮めずに言った。
「…おまえは、問6ができて、問1ができないような、典型的な馬鹿だな。」
ずれていた眼鏡を直す。
そこから一歩も動かない。
私のことなど、まるで空気のように見ている。
サボろうとする私を、止めようとする気配もない。
「意味、分かりません。」
拗ねたような声で言ってみる。
「だから言っただろ。問1が分からないような馬鹿に、こんな簡単なこと、分かるわけないだろ。」
呆れたように、先生は、組んでいた腕を解いて、眉を下げた。
それが、心底私のことを哀れんでいるようで、私は軽く、唇を噛む。
同時に、やっぱり彼を、好きだと思った。
何をやっても勝てそうにない所が、愛おしく思えた。
「先生。先生は、私が嫌い?」
「……」
何も言わずにいる。
表情は相変わらず、何も感じていないような、でも、私のことなど全て見透かしているような、そんな表情。
「答えて下さい。」
凄んでみようとはする。
けれど、足は震えている。
もう、本当は答えなどいらなかった。
一+一が二であるように、そんなこと、聞かなくても分かりきっていた。
でも、やるせなくて、切ない…そんな自分の気持ちが、口から出てしまっている。
でも、不思議と涙は出ない。
泣きそうな表情になっているのに、だ。
いっそのこと、泣いてしまった方がすっきりする気がして、泣こうとしてみた。
でも、涙は出ない。
だから、俯くしかない。
長い沈黙が続く。
どれくらいたったか分からない。
『小坂。』
先生が、私の名前を呼ぶ。
顔を見上げる。
先生は、左手の甲をこちらに見せていた。
その薬指に、銀色の輪が通っている。
シンプルだけれど、控えめに光るそれに、私は目の前が真っ白になった感覚を覚えた。
「……分かったか?だから、おまえの質問は、俺には愚問でしかないんだ。」
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