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『しぶたにさんって、よく“しぶやさん”って間違えられるんじゃないですか?』
この三年。
僕のことなど何も知らないような子から、想いを告げられたことは何度かあった。
勿論、断った。
けれども、彼女たちに、葉月の面影を探そうとしている自分は否めなかった。
会社の後輩が、捨て台詞のように吐いた言葉。
一瞬、ドキッとした。
昔、同じことを葉月に言われた。
そして、付け加えるかのように、
『日本語って、難しいよね。』
と、ニコリと微笑んだ。
……
朝起きると、一筋の涙の跡が頬を伝っていた。
まだ開けてないカーテンの向こうから、陽気な鳥たちの声が聞こえる。
光が眩しくて、目を細める。
そうして、涙の正体を探る。
「……夢か……」
最近よく、あの魔法にかかった時の夢を見る。
なんでもない会話。
端から見れば、一体どこに惹かれる要素があるのかと、そう思われるかもしれない。
でも、こうして夢に見るほど、“あの瞬間”は、僕にとっては眩しいのだ。
ぼんやりと、まだ覚醒しきらない頭で、そんなことを思う。
目を覚まさなければならない。
冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して、一口含む。
その冷たさに、景色がクリアになっていく感覚がする。
カーテンを開ける。
『秀人?』
『ひーでーと!』
『バカ秀人。』
……
「……くっ…うっ…」
もう無理だった。
限界だった。
僕は、僕が思っていた以上に、弱かった。
朝陽の眩しさに目がくらんで、涙が止まらない。
もうこれ以上、抱えきれない。
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