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しばらくして、神父が戻ってきた。
でも、顔は笑っていない。
憂いを帯びた眼差しを向けながら、そっと、一礼した。
誰に向けられた礼なのか……
僕にか、それとも、先程よりもより一層、白さが増して見えるマリア像にか。
頭の中でそんなことを思っている内に、彼は、僕の前まで来た。
「私は、あなたが言う赤ちゃんを知っています。」
そう言いながら、反対側の席に座る。
でも、視線は前に向けたまま。
僕の方を、意識的に見ないようにしているのが分かる。
「寒い……日でした。珍しく雪がうっすら積もりましてね。」
今度は目を閉じている。
きっと、その時の景色を思い出しているのだろう。
「彼女の母親は、彼女をここに置き去りにした後、自殺されたことが分かりました。」
「自殺?どうして…」
「不治の病だったんです。私が身元を特定した時には、もう、亡くなられた後でした。」
「不治の病、ですか…」
「身寄りもいなかった。だから、ここで育ちました。でも……彼女にここは、居心地が悪かったのでしょうね。」
「それは…僕にも言ってました。穏やかな日々だった、感謝はしてる……でも、私の心はいつもどこかに流れていたって……」
「……ここを出て行った時の、彼女の笑顔が忘れられません。」
そう言って、神父は目頭を押さえた。
「渋谷……秀人さん、ですね?」
「え?何故僕の名前を?」
まだ名を名乗ってなかったことに、この時初めて気づく。
同時に、名乗ってもいないのに、僕の名前を知っている彼に驚いた。
「ずっと…私はあなたを待っていました。会ったこともない、あなたのことを…」
そう言って、彼は一通の封筒を僕に手渡した。
……
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