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「これが、私の全て…」
彼女の話しは、どうやら終わったようだ。でも、今は自分の気持ちを伝えることなど出来なかった。
いつの間にか、雨の音は和らぎ、橙色の光が図書館を射した。窓の方に立つ、彼女の影がこちらへ伸びる。表情は、夕焼けの光に重なり見えない。もしかしたら彼女は、泣いているかもしれない。
何故か、そんな気がしたのだ。
「そんな…嘘だ。あの小説はフィクションのはずだろ?木崎さん…おかしいよ…」
そうだ。彼女が執筆した「私の贖罪」の物語は、全てフィクションのはずだ。
なのに何故、彼女は、あたかも自分が体験したように、小説の内容を話すのだ…。
前に、彼女は言った。
この本は、私の全てだと
何故、今その言葉を再び発する…。
まるで…
まるで「私の贖罪」の内容が、全て真実みたいじゃないか。
フッと、いきなり体の力が抜けた。彼女の方へ向けた体を曲げ、ふてくされたように、古びた本棚へ背中をもたれさせた。
「はあーあ」とため息を吐き、冷たく言葉を吐いた。
「楽しいの?人をからかってさ…悠太林檎ってのも嘘なんだろ?人の気持ちを踏みにじってそんなに楽しいかよ!!」
怒鳴りつけた時、再び彼女の顔を見た。眩しい夕焼けに隠されていても分かる。
彼女は、泣いていた。
そうだ。彼女は自分を騙したんじゃない。すぐにそう分かった。からかっていたのなら、泣く必要もない。この時点で冷たく笑い、自分をけなせばいい。
なのに、彼女は泣いていた。泣いて、眼鏡を取って、それを流していた。
「全て本当なの…弟の名前は悠太…妹は林檎。私はこの過去を、忘れるわけにはいかなかった。だから猛勉強して、この出来事を本に残そうとした。出版社に原稿を送ったり、携帯小説のコンテストに応募したり…」
彼女は力一杯、そう言い切った。
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