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「上腕二頭筋、今日も元気そうだね!」
LED蛍光灯の光が燦々と降り注ぐオフィスで、朝一番、僕の耳に飛び込んできた台詞がこれだ。
「あの、人の顔見て話してくれませんか?」
「おっと失礼、君がつい筋肉に見えてな、いやぁ……それにしても色形の整った良い筋肉だなぁ」
そう言いながら、目の前で僕の二の腕を擦りながらハァハァと凝視している女性。彼女はこの『ヨルナミ探偵事務所』の所長・四ッ谷六実。通称シャーロック。今年三十路を迎えるというのに未だ髪を金色に染めてるところが個人的には許せないが、僕にそれを指図するだけの権威はない。
て言うか"色"ってなんだよ。どんだけ透けてんだよ僕の肌は、生春巻か。
「ヨツヤさん、ふざけるのはいい加減にしてください。また失踪者が出たんですよ」
「失踪者?」
「はい」
そう言って、僕は彼女に一枚の紙を差し出す。
顔写真付きの、若い女性のプロフィールだ。
彼女はそれを手に取り、まじまじと眺め始めた。
「彼女の名前は平井夏樹、二十代女性。職業はオーエル。同僚の話によれば、先日、会社から帰宅した後には既に連絡がとれなくなっていたとのこと」
簡潔にまとめ、僕は一息つく。
そしてチラリと、神妙な顔で考え込むヨツヤさんの方に視線を向けた。
つい二ヶ月ほど前まで大手企業に勤めていた僕が、どうして今この人の下で働いているのだろう。思わず僕は浅い溜め息をつく。
もちろんそれには理由がある。ただ、それがあまりにも信じられないことだから、同時にこの状況にも納得がいかないのだ。
その理由────僕がここで働くことになった切っ掛けは、この世界の変化にあった。
言って信じてもらえるとは思わないが、太陽や月といった天体が人知れず空から消えたのだ。もちろん星などの一点の輝きさえもない。ある日の日没を境に、月も太陽も星もすべて消えてなくなったのだ。
例えるならそれは、真っ黒なペンキで空を塗り潰されたかのような感じだ。
「事件の臭いがするね」
二、三分ほど時間が経ち、突然ヨツヤさんはそう口にした。
一瞬、僕は目前のデスクを蹴り飛ばしたい衝動に駆られた。
「えぇ、事件ですから。だからうちに依頼がきたんでしょ。常識的に考えてください」
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