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「じっとしてろ」
従う道理も無いのだが、どうしてか体は言われるがままに硬直してしまう。剥ぎ取られたローブはいつの間にか少年が袖を通しており、身長差のためか、ちょうど七分丈のモッズコートに化けてしまう。ショッキングピンクという奇抜は色合いでも似合ってしまうのは、すらりとした体形の成せる業だろう。
「おい、そこのキミ!」
追いついて来た警官が、少年の姿を見咎めた。
「フードを被った女を見なかったかね?」
「あぁ? 見てねぇよそんなの」
第一声、針のように鋭い声音は雪乃の心臓にまで突き刺さるようだった。くるりと上半身だけ振り返り、警官を睨め付ける少年。首から提げたエスニック調の木製ネックレスが揺れて、カラリと乾いた音を鳴らした。
「本当かね……? 確かにこっちへ走って来たのだが?」
不審者でも見るように、眉根を上げる警官。少年は再び振り返って威嚇するように背中を丸めると、
「うるっせぇなァ……、空気読めよハゲ!」
「な、何だ、その反抗的な態度は。だいたい、そっちの娘は……」
「あぁ!?」
ガン!! ビルの前に立つトーテムポールが蹴り飛ばされて、ガコンガコンと振動する。能天気に回転する顔が角度の加減で、涙目になったように見える。
「俺の女がどうした、ナメた口叩いてっと咬み千切んぞコラ!!」
『俺の女』ってなに!? と頭が沸騰しかけるよりも早く、
「かみちぎ……? なっ、お、お前は……!!」
大きく目を見開いた警官がじりじりと後退り、苦虫を噛み潰したような顔で、舌打ち。
「ったく、ガキが。大概にしろ……」
警官が捨て台詞を吐いて、踵を返す。
イカゲソ神族を気迫だけで追い払うなんて、何者なの、この人。でも、いきなり出てきて失礼にもほどがある。そりゃあ助けてくれた事は感謝するけど、などと脳内に逡巡した文句は、翻されたコートの裾に拭い去られる。
振り向いた少年は妖艶なまでの、不敵な笑みを浮かべていた。レゲエリゾートのファッションが体の一部のように馴染んでいる。さては、音属性。レゲエミュージック音素を駆り戦う能力者か。
間違い無い、これは運命だ。一人では手に余る邪悪なるイカゲソ神を打倒するために天が与えた仲間、共闘者に違いない。息切れが治まっても心臓だけバクバクいってるのは疚しい気持ちとかでは決して無くつまりきっとそういう事なのだ!
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