アナーキーインザ邪魔烏賊

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  少年の鮮やかな体温が空気越しに流れ込んで、月野雪乃の鼓動をどんどん加速していく。どうやら先刻放たれた音素の余波がまだ空間に留まっているのか。とにかく話しかけてみよう、いや、話しかけなくてはならない、違う話しかける責任と義務が私にはあるっ! 「あ 、ありが……」 「お前、名前は?」 「はうっ?」 お礼の言葉を遮るなんて、やっぱり失礼なヤツ。大仰な決意を掲げて口を開いたのが恥ずかしくなってくる。月野雪乃は大きく深呼吸をして、しばし気持ちを落ち着ける事に専念した。エージェントとしての尊厳は守らねばならない。 「無礼な奴。人に名前を聞くならまず自分か……」 「犬咬詩戸だ。お前は?」 「むぐっ?」 また遮られた。なんて自分中心なヤツなんだろう。 「……とことん、無礼。まぁいい、先の恩に免じて許してやろう。私は月野雪乃。この街ではそう名乗っている」 「あ? この街では?」 「そうだ。この体は仮の姿。本当の名はレナード・バレンタイン・ダークスノウ」 「名乗っちゃ駄目じゃねぇか」 「この町は邪悪なるイカゲソ神族に洗脳されている。私はこの町で奴隷の如く酷使される人々を救済するために首都の裏組織から派遣されたエージェント。この体は思念体、本体は組織本部のダイブルームで睡眠状態を保っている」 「……へえ」 「エージェントランクは組織で唯一のSSS。たとえイカゲソ神といえど一人で充分だろうという本部の判断だったが、思いの外手強かった。使い魔も侮れない。力を使い果たした私では逃げる事しかできなかった」 「いや、使い魔って……」 「故に、仲間を集る事を考えていた。しかし本部へ問い合わせていては時間が足りないのだ。お前、気迫だけでイカゲソ神の使い魔を怯ませるとは、ただ者ではないな? その力、我らが組織に預けてはみないか」 「ええっ……、と」 「組織の名は『邪魔烏賊(ジャマイカ)』」 「駄洒落かよ!」 「世界中のイカを焼き尽くし絶滅させるための組織だ」 「イカ嫌いなだけじゃねーか!!」 「どうだ、入らぬか」 「入るかぁっ!!」 犬咬詩戸と名乗った少年が呆れたような表情で、ヘアバンドを巻いた額に手の平を当てがう。会話の主導権を握ったのは良かったが、加入を断られてしまった。これはマズイ。  
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