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「は、入らぬのか?」
月野雪乃は慌てた。ここまで話してしまったのだ。組織に入ってもらわねば困る。
「は、入らねーよ」
「ほほ本当か……?」
絞り出した声は震えていた。彼に真実を話したのは、彼ならまだ洗脳を解くことができると踏んだからだ。自分の身の上が格好いいからつい語ってしまったとかでは断じて絶対に決して無く、彼を洗脳から救うのが使命だと思ったからなのだ。
「本当に、入らないのか……?」
「嫌だっつってるだろ」
「な、なんでだ、シド? お前は逸材なのだ、共に邪悪なるイカゲソ神からこの町を」
「入らねーっつーの……!!」
びくり。月野雪乃の肩が震えた。そんな怒鳴らなくてもいいのに。犬咬詩戸はそっぽを向いているようだが、情けない事に界が霞んでしまって表情までは見てとれない。
「本当に本当に、入ってくれないのか……」
「……げ」
「はうぅ、どうしてもか……?」
「むぐっ」
俯いてしまいそうになるのを必死に堪えて、犬咬詩戸の顔を見上げる。正直、もう任務どうこうは半分どうでも良くなっていた。ここまで来て断られるなんて、寂しすぎる。しかし、
「だああぁっ! 入らねぇったら入らねぇ!!」
「……」
明確な拒絶の声があがる。もうだめだ。がっくりと首を垂れる雪乃。
「……あぁ、えっと、その代わり」
「その代わり?」
「ほら、その……、俺のアドレス教えてやっから」
聞くなり、ぱぁっと月野雪乃の表情が輝きを放つ。犬咬詩戸がたじろいで目を泳がせるよりも先に、ぴょこぴょことウサギのような愛らしい動作で、携帯電話が差し出される。つられるように犬咬詩戸が自分の携帯電話を取り出すと、一瞬で掠め取られた。餌を盗む野良猫もかくやである。
「ったく、何でこうなった……?」
「ん? 何か言ったか、いぬがみ……?」
「何でもねーよ……、それからシドでいい」
「よし、シドよ! 共闘の契りは済んだ! まずは装備を整えるぞ!」
「え、待ておかしい、色々おかしい」
「ごちゃごちゃぬかすな! 出発だ!!」
「ちょ、俺そんな暇は無……!!」
その日。女登呂町出身のトップアイドル『カミツキ・シド』のホームタウンライブがアーティスト遅刻のため25分も遅延し、観客が怒り狂って暴動を起こすというスクープが報道された。
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