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「待てよ、飯はまだだ」
ごろごろと喉を鳴らしながら擦り寄るポールを制止した傍から、どこからかともなくトラとぶちの猫たちも姿を現す。
「待てっつーの」
ぶっきらぼうな口調ながらも、寝癖の立った表情に柔らかな色が加わる。ポール香美、ジョニー・ネクス、スティーブ・アッテナというのが彼等の名前だ。言うまでも無く額縁の中で奇想天外なライブシーンを繰り広げる英国パンクロックバンドのメンバーを踏襲したネーミングであり、性別まで全員オスで揃えるという徹底ぶりなのだが、3匹寄り添って仲良くごろごろする牧歌的な風景は該当するバンドの現実像とはかけ離れている。
なんだかなぁ。
三種類の毛並みを揃えたくて買った雄三毛のポールなんて、阿呆みたいな金額だったのに。食パンをトースターに放り込みながら、当初の期待を裏切ってくれたペット達を眺める。雄猫三匹となれば狭い室内で熾烈な縄張り争いを繰り広げ、某バンド顔負けの常にギスギス殺伐ライフを楽しめると思ったのだが。
ちなみに、某バンド改めセックス・ピストルズを語る上で欠かせない初代ベーシストは、雑誌棚の上にある金魚鉢の中をふわふわとたゆたっている。タツノオトシゴのグレン・ノイドである。
キリキリ、キリキリ。犬咬詩戸はアワビの缶詰を開ける。この町の猫はアワビを食べる。特に蜘蛛川フーズのアワビが大好物なのだ。
「ほらお前ら、食えよ」
大皿に山盛り盛ったアワビを床に降ろす傍から、みゃーみゃーと足下に群がるバンドメンバー。まぁこれもそんなに悪くないか、と、犬咬詩戸の頬が緩んで行く。
そう言えば日本の猫は普通、魚が大好物だとマネージャーから聞いた事がある。女登呂町生まれ女登呂町育ちの犬咬詩戸には全く信じられない話だ。猫と言ったらアワビ。バナナと言ったら黄色、シドと言ったらシド・ヴィシャスくらい、それは犬咬詩戸にとって自明の真理だった。
『シドよ。お前は普段、いったい何をどう信じている?』
月野雪乃の言葉が思い出される。コンコン、コンコン。グレンの浮かぶ金魚鉢を餌の缶で軽く叩きながら、細かい球状の餌を水面に浮かべて行く。
『普段お前が見ているこの町が、港が、トーテムポールが、見えるままの姿だとどうして言い切れる? 私の見る世界とお前の見る世界が同じだと言う証拠はどこにある? もし私だけ違う世界が見えるとして、それが間違っている事を何をもって断じている?』
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