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午後1時。
屋外は殺人的な暑さだった。海から流れ込む高湿度の大気が蜃気楼を生み、街路トーテムポールの姿をぐにゃぐにゃと歪めている。犬咬詩戸は三日後に一日所長を勤める事になった手力発電所を下見するため、トーテムポールの作る僅かな影でマネージャーの到着を待っていた。
結局、午前中はグレンの家だった硝子片を片付けるのに浪費してしまった。全ての元凶たる月野雪乃は、アドレス帳に名前を登録したきりメールの一つも寄越さない。今までアドレス交換した女は例外無く五分以内には何かしらアクションがあったのに、何だよもう。昨日の夜中に痺れを切らしてメールを一通送ってみたが、未だ返信無し。何だ畜生。むしゃくしゃしたからさっきもう一通送っておいた。何だこの敗北感。違うだろう、レゲエ王子カミツキ・シドはもっとキレてて孤高で傍若無人で、我が道を直進むアーティストだ。シド・ヴィシャスのように。
「シドっきゅーーーん!! ごめぇん、待ったぁ??」
ドスの利いたマネージャーの猫なで声で我に返る。フリフリの白いワンピースに麦わら帽子を被った背の高い女性が駆け寄って来る、ように見える。
「シドきゅーーーん、ああんっ!!」
「うおわああぁっ!?」
足がもつれたように見せかけて抱きつこうとするから油断ならない。身の危険を感じた詩戸がさっと避け、掴まる先を失ったマネージャーが正面のトーテムポールに頭から突っ込む。
鈍い轟音が響き渡る。ガクンガクンと揺れるトーテムポールの表情は涙目を通り越して恐怖に怯えている。
「げへっ、ぶつかっちった。避けちゃうなんて、んもうシドきゅんの照れ屋さんっ」
「照れてねーよ!! 良く見ろよ頬染めるどころか顔面真っ青だよ!!」
血まみれでウィンクを放って寄越す麦わら帽子の下には、青髭。コツンと拳で額を叩いてるつもりだろうが、実際はゴッ!! と生々しい殴打音が鳴っているのに何故気づかない。
「じゃーあー、ちっと時間早いけど、行っちゃおっか! で・え・とっ」
「うわあああぁ!!!!」
マネージャーとしては敏腕なのだが。
手力発電所は、新エネルギー研究機構が開発した二酸化炭素ゼロ、放射性物質ゼロの最先端発電施設である。
曲線美を追求した流線型の建築デザインは、まさに最先端技術に相応しい美しさと清潔感を醸す。正面の硝子扉を潜れば、鼻を突く新築の臭いと共に肌寒いほどの空気が全身の汗を削り取って行く。
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