レゲエ王子の憂鬱

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  しかし、それも束の間。さらに正面の重厚な自動扉を開くと、 「えい、ほっ!! えい、ほっ!!!!」 途端に暑苦しいおっさん達の鬨の声が空気を割らんばかりに響き渡る。第一発電室一面にところ狭しと上裸の発電士たちが座り、膨れ上がった大胸筋や上腕二等筋を誇らしげに躍動させて、巨大な個人用手回し発電機を回している。入室した二人に気付いて、 『いらっしゃいませ!! 手力発電所へようこそ!!!!』 清々しい微笑みと共に一糸乱れぬ挨拶を寄越す暑苦しさは犬咬詩戸の心を折るのに充分だった。 「カミツキ・シド様。お待ちしておりました」 五分ほど施設内を歩いて辿り着いた事務室の扉を叩くと、スーツ姿の若い女性が二人を出迎えた。 少し掠れたハスキーボイスも、顔に浮かべる笑顔にも全く感情が込もっていない、機械のような印象を受ける。事務机とパイプ椅子が人数分用意されているその部屋は、先に通った発電室に比べると随分殺風景だった。 「率直に言ってね、私は反対なのよ、この企画」 席に着いたマネージャーの第一声は、剣呑だった。珍しい事だったので、犬咬詩戸は首を傾げる。 「と、言いますと?」 「ここ、色々と黒い噂が絶えないじゃない?」 「何だその、黒い噂ってのは」 好奇心から思わず首を突っ込んだのだが、 「シドきゅんは知らなくて良いのよ」 つまり、相当黒い。 「こんな施設の一日所長なんて、人気に影響が出たらどうしてくれるの?」 「根も葉も無い噂です。公式データには、何も証拠は無いですよ」 「テンプレートね」 「事実です」 「アイドルは事実より評判が大事なのよ。わかるかしら?」 結局、マネージャーはスーツの女をやり込めて、かなり無茶に思える条件を飲ませた。引っ掛かるのは、彼女の抵抗がさして激しく無かった事だ。 『この町は、何かがおかしい、明らかに』 去来したのは、月野雪乃の声だった。 『発電士、給水士、漕ぎ士。女登呂町三大特別公務員などと言って持て囃されているが、そもそも、彼らは本当にこの町に存在するのか? あれだけ人数がいて、町で見かけた事があるか? 一人でも同級生に特別公務員の子供が居るか?』 確かにそれはそうなのだが、これがイカゲソ神の洗脳による幻覚だと言われてはいそうですかと納得出来るわけがない。 馬鹿馬鹿しいと思いつつも、この妙な説得力は何なのだろう。それを語る月野雪乃の瞳には、一片の迷いも無かったのだ。  
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