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「そんな事は無い。組織のエージェントとして、あれくらいは当然」
「うっわ、言いますねこの娘! ほんっと、勉強は出来るわ顔は良いわ、その設て……、じゃなくて使命とか何とかが無ければモッテモテなのになぁ、勿体無い女だよ」
「その話はやめて。私はもう女を捨てた身。モテモテとかに興味は無い」
「いやいや、女捨てる以前にゆきゆき、まだ女になってないじゃまイカ」
「……ん、それは、どういう?」
「うひゃひゃ、ウブなゆきゆきにはまだ早ーいっ!!」
「……、は、はうっ!?」
「きゃーん! 赤面ゆきゆき、かーわーいーいーー!!」
「だ、抱き付くな! ちょっ、ハレっ!?」
「いいじゃまイカ、いいじゃまイカ!!」
「あぁ、暑いし、はうぅ……!!」
天野晴の使う語尾は、何やら追っかけをやっているトップアイドルに影響を受けたとか何とか。芸能人の顔が全て同じに見える月野雪乃には窺い知れぬ領域である。
終業式を行う体育館はほぼ蒸し風呂だった。教員達の唱える呪詛と共に全校生徒の体から生気が抽出され、イカゲソ神の魔力となっていくのが月野雪乃にはありありと分かる。おのれイカゲソ神の遣い魔どもめ。眼帯の裏に護身の術式を仕込んでいたにも関わらず、月野雪乃もだいぶ持っていかれた。他の生徒など言わずもがなである。
「おつかれー、ゆきゆき。かえろーぜー」
天野晴などふらふらと歩み寄るなり、前の席にどかりと座ってしまう始末だ。言葉と行動が一致していない。
「もー、疲れたよー」
「ハレ、だから忠告した。私の護符を持っていればかなり軽減できたはず」
「あー、いやほら、あたしだって元組織員の端くれだからさー、自分の力でどーにかしよーと思って」
「いちいち力を持って行かれてたら、いつになっても記憶が戻らない」
「うひゃひゃ。まぁ気長にやるよ。そーゆーのはほら、自分の力で取り戻してこそでしょ?」
「……自分の、ちからで?」
「そーそー」
月野雪乃の視点が遠くへ行く。月野雪乃の戦いもまた、失われた記憶を取り戻すためのものだ。これまでの戦いを省みて、改めて問い直す。月野雪乃は今、自分の力で戦っていると言えるのか。あのシドという少年を巻き込むのは正しい事なのか。つまりぶっちゃけメールの返信をどうしようか。
「おーいゆきゆき。どしたのボーッとして」
「……はう?」
気が付くと、 親友の無邪気な瞳が苦笑を湛えて雪乃の顔を覗き込んでいた。
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