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「ごめん。何でもない」
「うひゃひゃ、まーた何か辛い過去でも思い出してたのかー?」
「凄い、どうしてわかった? もしかして記憶が戻って……」
「うひゃひゃ、記憶なんぞ戻らなくたってさー、友達がなに考えてるかくらい分かるってー!」
ほとほと能天気なヤツ、と思う。イカゲソ神に洗脳されている事がわかっていて、それでもなおこんなにも素敵な笑顔で笑っていられるなら、それも悪くない生き方なのかも知れない。
だが、月野雪乃は甘んじない。あくまでもイカゲソ神に抵抗する。そう、全てを失ったあの日、レナード・バレンタイン・ダークスノウは決めたのだ!
「バイバイ、ゆきゆきー!」
帰路。ひときわ大きなトーテムポールの回転する大通りの交差点で、天野晴と別れる。彼女は電車通学なので、今頃は駅のホームで誰かとお喋りでもしているだろう。あの親友は恐ろしく顔が広いのだ。
三階建ての自宅はところどころ壁土が剥がれかけている粗末なものだ。国民的キャラクター『あわしっしー』のシールが貼られた玄関扉を開けると、独特の饐えた空気が鼻腔へ流れ込む。もう何年も住んでいる筈なのだが、この他人の家のような匂いだけは未だ慣れない。
「仮拠点まで無事帰還した。特殊兵装に換装する」
てってこと三階の寝室まで駆け上がり、私服に着替える。明日からは夏休み。やっと煩わしい義務教育から解放される。エージェントという身分を隠すためにとは言え、一般市民の範囲を演じるのは全く骨が折れる。
ぼふんと布団に寝転がり、携帯電話をスリープから解除する。すると再び、未読メールのアイコンが光っている。
思わず息が詰まった。
月野雪乃にメールを送って来る同級生など天野晴くらいである。彼女とはさっき別れたばかりだから、その線は薄い。つまり……。
どうしよう、きっと返信来ないからイライラしてるんだ。終業式の間に何か返しておけばよかった。悶々と渦巻く後悔と少しの期待を胸に、恐る恐るアイコンへ指を伸ばした、その時。
ぱっと画面が切り替わり、携帯電話がけたたましく震えた。びっくりして思わず取り落としそうになる。表示を見ると着信、相手は天野晴だった。
ふうと息を吐いて気持ちを落ち着かせる。受話アイコンをタッチしながら、珍しい事だと勘案する。天野晴とは学校でこそよく話すものの、プライベートで一緒に何かした事はほぼ無い。
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