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力で敵わない相手になら従うのも仕方が無い。但し、敗北は絶対に認めない。いずれ勝つために己を鍛え続けるのが犬咬詩戸という人間だ。
しかし、それにしたってつまらない。重役との挨拶は当たり障りが無いが、互いの眼光を突き合わせれば腹の内は知れる。訓示を受けた上裸の発電士達は一様に拍手を寄越すが、決して業務の一環以上の意味を持たない。緩慢に漂う淀んだ空気の表面だけを、マスコミのカメラがただ華やかに切り取って行く。
何の茶番だ。くだらないにも程がある。
幾度と無く自制心をかなぐり捨て、ブチ切れてやりたくなった。発電士達の顔に張り付いた薄気味悪い微笑を、このどす黒く渦巻く苛立ちのままに引き千切ってやりたい。きっとこれまでに無いほど気分爽快だろうに。
昼食を摂った後、外回りのPR活動を終えて事務所に戻る頃には、犬咬詩戸の精神は既に限界に達していた。
一日中ニコニコニコニコひとの慣れねぇ表情筋を酷使させやがって、俺を誰だと思ってやがる、俺を何処へ連れて行くつもりだ、アァ? 悟りでも開かせる気かオイオイオイオイ!
気を抜いたらお茶を持って来た女性事務員にさえ噛み付いてしまいそうだった。
だいたい、アイツは何をやってんだ。今日来るんじゃ無かったのかよ。って、待て待て。何でここでアイツが出て来るんだ、まるで楽しみにしてるみてーじゃねーか。あり得ねぇ、今日の任務があんまりにストレス溜まるもんだから頭がイッちまってんだ、俺は。あー、咬み付きてぇ、誰でもいいから吹っ掛けてぇ!!
「シドっキューーーーン!!」
「うおわあああああぁ!!」
扉が開くなり核弾頭より恐ろしい生物兵器がぶっ飛んで来た。思わず側方へ転がり込むと、それはシドが座っていたパイプ椅子に頭から突っ込み、抱き付かれた椅子の背もたれが腕力でひしゃげた。これに咬み付いたら逆に喰われる。
「何で避けるの? 今日一日暴れないでいたご褒美をあげようと思ったのに」
「そのパイプ椅子だった何かを見てから言え、殺す気か!!」
「あらいけない、ゲヘッ」
ゴッ!! という殴打音と共にグロテスクなウィンク。衝撃で顎が外れたのか、片腕でゴキンゴキンと関節を嵌める。もう嫌だ、帰りたい。
「何、湿気た顔してるのよ」
「誰のせいだ」
「んもう、ここからがシドきゅんの見せ場でしょう? 溜まった鬱憤、思いっきり晴らしちゃっていいんだからね?」
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