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「なぁ、見えるかい。あの花火」
出来るだけ近くに寄り添い、耳元でささやく様に言った。
対して婆さんは、ゆっくりと首を縦に降った。
ああ、いつまでだろう。いつになったら婆さんは目を閉じてくれるだろう。
僕の中の良心がまた少し蝕まれていく。人としての気持ちを失いつつある。
そろそろ止めにしたい所だ。
見ず知らずの婆さんの、とうの昔に戦死した旦那のフリをし続けるのは。
◆◆◆
フリーターの僕が、短い就業時間と高額な自給という条件で探し当てたアルバイトは、「死ぬ間際の人間(お客様)にとって一番会いたい人物になりきり、最高の人生のエンディングを演出する」という、いかにも悪趣味な職業だった。
勿論、お孫さんだとかお友だちだとか生きている人なら本人を連れてくれば良い。
僕達は、今はもういない筈の人になりきり、今夜が峠と申告された病人に「もう安心してお休み」とでも言葉をかけ、ゆっくりと瞼を下ろすのを待ついわば「人工の死神」みたいな物だった。
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