依頼その一/秋の朝にて/

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「で、依頼というのは?」宝辺はトーストとコーヒーをよけて、新しくコーヒーを入れて女性に椅子を進めてから、言った。洋風の茶椅子に腰掛けた女性は少しばかり咳払いをして、口を開いた。 「あのお、うちの猫ちゃんのことなんですけれども」 「却下だ」 急に立ち上がり天神は言った。まるで一筋の稲光のような一言を出した。 「どうして?いや、今依頼をしに来て下さってるんだぞ!」 「却下は却下だ。どうもつまらん。つまらんにきまっているからだ。」 天神は広い居間のそちらこちらを歩き回りだした。洋ダンスに赤いカーペット。その中をグルグルに回る背の高いパーマ男。 遠い目で見れば洒落て見えなくもないような光景だが、今の宝辺には当然そんな風には見えていなかった。 「どうして?」 天神は答えた。 「その婦人の服装を見ろ。全てブランド物だ。偽物じゃない。それに、ホクホクしたその丸顔。生活に困るどころか、裕福極まりないのは確実だ。よって、この依頼は金は取れるがつまらん猫の捜索といったところだろう。異論あるか」 まくしたてる天神になす術がない宝辺は、一時程たじろいだが、数年の経験があるのですぐに立て直し、言い返す。 「つまらないかどうかはご婦人の話を聞いてからだ。そんな失礼な言い方あるか」 「あら、失礼でもなくってよ?事実ですもの」 おほほほ、と薄笑う婦人に苦笑いが出た宝辺だったが、「とにかく」と言って、代わりに宝辺が天神のソファに腰掛け、依頼を聞くことにした。
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