流れる音色

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 暗い道。  自分にとっては懐かしい匂いのする道であり、同時に初めて通る道でもある。  昔と変わらない空気を受ける。誰かが見ているような、同時に誰も見ていないような、そんな不思議な感覚が身を震わす。蘇ってくる感覚と衝動は、記憶を食らってきた自分にとっては寂しさよりも、恐怖という感情が廻ってしまうのは仕方のない事だったかもしれない。  自分が招いたもので、自分の住まう世界での理。  そして今起きている現象はその世界での常識なのか、それとも……。  此処数日間、彼女の後を付いていくという作業を繰り返していた。 (大丈夫だって)  その声は呆れた様子だった。  前方と後方、そのどちらにも当てはまらない声の方向。左右から同時に発せられた声のように居場所を特定できない声。それを強いていうのであれば、それは中から聞こえてくると言うのが正しいかもしれない。 「一応、君の時もこうしていたんだよ」  第S級指定憑神は穏やかに言った。  その彼の瞳には一人の少女が映っている。その少女の場所は双眼鏡を使わなければ見えないほどに小さい。それをしっかりと彼は家々の屋根の上を歩きながら見ていた。 (あの時もそうだったが、憑く神が出た時に対処するほどの力は残っていないだろ。今度もまた同じような事が起きたら、前のようには上手く事は運ばない)  中から聞こえた声の調子が変わった。 「そうかもしれないね。それでもするしかない。だって最初から俺は弱い存在だからさ、危険は付き物だよ」 (あなたは余分なところに力を使い過ぎている)  今度は鋭い声だった。相手に一瞬の弁解も持たせない、そんな声。 「だけど、それが俺の強さだから。仕方ない事なんだ」  少女が遠くで右に曲がってしまった。  建物に少女が見えなくなったと同時に横にあった家の屋根に行けるように黒い塊を道として作り出し、その上を歩いていく。対象の位置が見えなくなったとしても、全く焦らない。  いや、焦る必要なんてなかった。
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