橘華澄

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私が貴方に出会ったのは、数ヵ月前のこと。 私は買い物を終えて、真っ暗な家路を歩いていた。 空には綺麗な三日月が浮かんでいた。ときおり黒い雲が通っては、三日月を隠している。 辺りには冷たい空気が漂っていて、思わず肩を抱く。 夕方まで降り続いていた雨の滴が、足元の草たちを輝かせていた。 その草の中を歩いていると、彼女の剥き出しの足に水がまとわりついてくる。 吐いた息が白い。 冷たくなった自分の指先に息を吹きかける。 寂しい道路に、彼女のヒールの音だけが響き渡っていた。 しばらく行くと、いつもの踏み切りに着いた。 いつもこの辺はこの時間帯、ほとんど彼女しかいない。 しかし、 今日は先客がいた。 そしてそれは、 一目で異様と分かった。 血の気のない肌。 ボサボサの髪に、その間から覗く充血した鋭い双鉾。 口は異様に大きく、そこから大きな犬歯が覗いていた。 爪はずっと切っていないのか、鋭く伸び放題だ。 服はこんな時期にも関わらず、Tシャツ一枚と短パン。 おそらくずっと同じものを着続けているのだろう、所々擦りきれ、地肌が覗いている。しかも汚れ放題だ。 それより何より、 彼女への視線が異様だった。 何故か膝を抱えて座りこみながら、殺意の篭った視線で、白眼を剥きそうなぐらい彼女を睨みつけている。 普通の人なら、ここで駆け出すだろう。 しかし彼女は、 「こんな所でどうしたの?寒いでしょう」 優しくそう語りかけると、彼の白い頬を撫でた。微かに震えていた。 彼はしかし態度を変えることもなく、彼女を睨み続けている。 「そんな睨まないでよ。…行く所がないの?」 しかし反応はない。 彼女は微笑すると、彼の両手を握った。 「なら家に来るといいわ。」 彼は驚いたように彼女を見上げる。 そして彼女は彼の手を引きながら、ゆっくり立たせた。 しかしバランスを崩して、直ぐに転んでしまった。 「…しょうがないわね」 彼女は彼を無理矢理背中に乗せると、ゆっくり歩き出した。 抵抗はしなかった。どんな表情をしてるのかはわからなかった。 彼は、酷く軽かった。 まるで人ではないみたいに。
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