~畏敬の緋紅~

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 暗闇の中に潜む人影はよく見れば、先程の町で出逢った少女が、左の腕を抑えてうずくまっていた。ぼんやりとした月明かりでも分かる腕から流れている血に、ノロードは強く歯を噛み締める。それからなるべく平然を装った調子で、負傷した彼女に声をかけた。 「思ったより早く首飾りがオレを引き合わせてくれたんだよ。ところでこの状況…、一体どうしたんだ? 」  薄ら闇の中で黒く潰れた数人の人影が、ノロードの視界から外れる。見えない相手が動いたと同時にノロードも、彼女からの返事を待たずに行動に移した。空を斬る音がノロードの耳元をかすめる。相手の方が素早いと考えたノロードは、受け身をとった。 「だめっ! すぐ解いて構え直しなさいっ!! 」  殺気が張り詰めたあまりにも静かな空間を、彼女の声が切り裂く。確かに正体の知れない敵は、鋭利な刃物を所有している。  言葉の通りにとっさに防御体勢から、拳を握り固めるノロードは、体に突き刺さる痛みに顔を歪める。 「っぐ…! 」  浅くノロードの肉体に、食い込んだ刃を持つ敵は、闇に溶けるように紛れた。相手は間違いなく、ノロードを殺すつもりで戦いを仕掛けている。  幸いにもノロードの刺し傷は、わき腹で致命的な傷ではない。痛みを押し殺してノロードは、一気に集中力を固めた。  すぐ傍で少女が何かを叫んでいるが、気に留める余裕も余力も、今のノロードにはない。全身の力を抜いて、ノロードは師匠のカルアに教わった通りに口を動かした。 『熱くたぎる火は闘志…! フレイムアーチ! 』  静かにノロードが唱えると『トーチ』は、煌々と輝く魔法陣を地面に浮かび上げた。次の瞬間、弧円を描く火が幾つも出現と同時に敵に斬りかかる。夜の暗さを照らす火に、敵は舌打ちを虚空に残して消え去った。  なんとか助かったとノロードは、腰を地面に下ろして座り込んだ。そこでわき腹の痛みに、ようやく呻き声を上げる。 「くうぅ…! 」  苦痛を漏らす彼の元に、左の腕に傷を負った少女が恐る恐るに近寄った。それから彼女は突然、ノロードの刺し傷に手をかざした。すると、温かさを込めた光が生まれ、浅いノロードの傷を見事に塞げる。
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