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「人の命がかかっているんです。どうか教えてください」
頭を下げて理由を尋ねるシルストに、口をつぐんでいた老婆はゆっくりと語り口になった。
「…あの森は恐ろしい縫いぐるみが住み着いとる。一度足を踏み入れたら、人子は皮を剥がれて殺されちまう。だがら行ぐでねぇ」
「…縫いぐるみが人を襲うんですか? そんなまさかある訳…! 」
信じられない事を言い出すこの婆さんに、痴呆なんじゃないかとシルストは、顔をひきつらせて笑った。すると老婆はしわがれて伏せていたまぶたを、かっと見開いて叫び散らし始める。
「本当じゃ! 本当なんじゃ! 多くの者が皮膚を剥ぎ取られ亡くなったんじゃあ! 私の…私の孫も…あ…あぁ!! 」
この様子を影で見ていたノロードも、この森には恐ろしい魔物が居るのだと唾を飲み込んだ。錯乱する老婆にシルストは、落ち着いてもらうように促す。
「だ、大丈夫ですか? それだけお婆ちゃんが言うなら俺は行きませんから落ち着いて、ほら深呼吸してください」
「おぉ…、あぁ…、これも全て『畏敬の緋紅』の瞳を持つ凶子のせいじゃ…あぁ恨めしや…」
ぼそりとその老婆の言葉に、零れたその『畏敬の緋紅』の意味をシルストは心重く受け止めた。ようやく落ち着いた老婆を町中へと帰した後、シルストは再び森の前に立つ。戻ってきた彼の元に、身を潜ませていたノロードも合流する。
「…ユルクズの住民が可哀想に思えてきた。この森は本当に何か潜んでる訳か。行けるか? シルスト」
「…準備万端だけど全身の肌を奪われて散り果てんのはごめんだ。だから背中は任せたからな。ノロード」
友情にかけた信頼を確かめ合う二人は、灰色雲の裂け目から闇夜が覗く森に足を踏み入れた。
縫いぐるみ徘徊する森
【満月森 ユルングルム】
時刻はもう夜を迎えている為、洋灯が照らさなければ底なしの暗夜に足をとられてしまう。そんな中確かな灯りを手に、ノロード達は生き物の気配に気をそばだてた。
小動物や中型魔物と戦闘になっても、二人の息の合った攻撃に力のない魔物は、尾を巻いて逃げ出す。なかなかあの老婆が言った化け物に遭遇する事なく、二人はやがてぽつりとした灯りを闇の中で見つけた。
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