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「どうしたのです。晴子さんが書きものをしていらっしゃる時にお話しなさるなんて珍しいこと。」
お初は少しの驚きと笑顔で
(いや、微笑みに近いものであっただろう)返事をするのだった。
「今日の空・・・いいえ。この頃の空はよくため息をついているわ。
何に対してだと思う?」
「そうねえ。世界中の人間の大きな喧嘩に対してかしら。
武器は鉄の塊といったところでしょうね。」
「まあ。」
夏の延々と続くような昼にはもってこいの愉快な話であった。
しかし、腹の底から笑うには少し遅すぎた。
先日、この町から最も近い大きな町が(近いといっても列車でかなりの時間を要する)空襲でやられたのだ。
もっとも、山三つ四つ離れたこの町ではまだ疎開しているものは少なかったのだが。
晴子の父親は企業の重役であり、母親は数年前に亡くしていた。
晴子は容姿端麗、才色兼備。
加えて社交的な性格と非の打ち所がなく、
年齢は少女と女性の間といったところであった。
つまり言うまでもなく、町で有名なお嬢様である。
晴子は "南原舞子" と言うペンネームで作家をしていた。
作家といっても、雑誌に応募する程度の卵であったのだが。
ーーー空には大きな入道雲が満足そうな顔をして居座り、
目を瞑ってしまうほど眩しい太陽が照りつける夏の日。
晴子はいつも執筆している縁側で
【次は何を書こうかしら。】
なんてことを考えていた。
その時である。
聞き慣れないシャッター音が耳を貫いた。
「どなた?」
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